第32話 一体誰に似たのやら。
「おねーちゃん……」
桐原陽太が、目を細めながらこちらを見る。
それから、決心したように親玉に視線を戻して、震える声で告げた。
「確かに、必要最低限の世話を焼いていただきました。それは、感謝しています。けれど……貴方たちは、オレを遠巻きに見て、いつか道を踏み外すと、オレはおかしいのだと、そればかり言った。誰も仲間として迎え入れてはくれなかった」
桐原陽太の悲痛な声が、徐々に激しさを増していく。
「どこかに連れ出される度に置き去りにされ、『帰って来なければ良いのに』と吐き捨てられました。歩いているだけで石を投げられ、『忌子』と囁かれました。通りがかりに、八つ当たりに暴力を振るわれたことも、一度や二度ではありません」
訴えかける桐原陽太の瞳に、涙の粒が浮かんでくる。それは、今まで彼が過ごしてきた日々が、いかに厳しいものだったのかを、語り掛けてくるような涙だった。
「オレは……オレに罪が刻まれているから、人間と親しくなったのではありません。貴方達妖怪が、くだらない生き物だから、人間の方が好きになったんです。妖怪より、人間の方が優しいから……人間の方こそが、オレの仲間だと思えるから、一緒にいるんです」
それは、今までため込んでいた本音に他ならなかった。私はそれを知っていた。
「……知ったことか。我らは人間とは交わらん。それがわからないから、貴様はダメなのだ」
冷たい親玉の視線に、体が震え始める。
……これ、桐原陽太ルートのクライマックスシーンじゃね?
気が付いてしまった瞬間、内臓に凄まじい圧がかかったような感覚に襲われる。
ガクリ、とその場に膝をつき、地面に両手をついて倒れそうになる体を必死に支える。
「どうして……」
どうして私の目の前でこんなことするん?
私の胃を破壊して、何が楽しいん?
やめろ、今すぐこの朗読会の幕を下ろしてくれ。中途バッドとかなんとか言ってる場合じゃねえ。今すぐここを破壊してくれ。
辛い。辛すぎて涙が出てきた。苦しい……苦しいよ、私。いや、マジで物理的に苦しいんだが? え? 人間ってストレスがかかりすぎると呼吸器系にダメージがいくんですね?
ひゅう、と喉が鳴って、ぽたりと涙が目の前の床に垂れ落ちた。
「なんで……こんな……!」
震える声を放ちながら、拳を握る。
私に力さえあれば……! 今すぐこの世界をなかったことにしてやるのに……!
悔しさに拳を床にたたきつける。
完全に自分の世界に入っていた私の横から、地獄の底から湧いてきたような、ひび割れた声が響いてきた。
「千代ちゃんを悲しませるな……」
柊木悠真の声だ、と気が付いた時には、既に遅かった。
広間の中に、丸く黒い影がぼこぼこと出現し、そしてその影が出現した場所にあったものが、瞬時にその姿を消した。
そう。言葉通り、跡形もなくなくなった。
消してしまったのだ、柊木悠真の力によって。
その力こそが、世界を滅びに向かわせた力。柊木悠真の闇の力なのだ。
一瞬の沈黙の後、広間は阿鼻叫喚の様相を呈した。
「きゃああああ!」
「助けてくれ!」
「まだ死にたくない!」
口々に騒ぎ立てながら、慌てた様子で妖怪たちが広間を逃げ出していく。
「ま、待て、お前ら……!」
親玉は真っ青になりながらも、逃げまどう妖怪たちを押しとどめようと声を上げる。けれど、そんなものでどうにかなるほど、生易しい恐慌ではなかった。
震える親玉の顔に、影が差す。
親玉の目の前には、桐原陽太が立っていた。
一瞬で顔を赤くした親玉が口を開こうとして、その瞬間、彼の目の前に影の球が出現する。
「ヒッ!」
息を呑んだ親玉に向けて、柊木悠真が微笑みながら、人差し指を立てて見せる。
その姿を見た親玉は、すぐに視線を落とした。
「今後、オレの事には関わらないでいただけますか?」
桐原陽太の静かな声が、響き渡る。
親玉は顔を上げて、柊木悠真の姿を視界に収めると、頷いた。
「わ……かった。今後、お前の事には口を出さん。だから……」
桐原陽太はニコリと笑った。
「ええ、そうしていただけるうちは、オレも、悠真も、暴れたりはしません」
完全に脅しによって自由を勝ち得た瞬間だった。
ヤの付く自由業のやり口じゃねーか。