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第31話 だって私は神だから。

 霞がかった視界の中で、悟りを得ようとした瞬間に、目の前にいた妖怪が「グハッ」と叫び声をあげて、床に向かって倒れこんだ。


 その拍子に解放された私は、体制を崩すも、何者かに支えられ転倒を免れた。


「……千代ちゃんに、触るな」


 耳元で、聞きなれた澄んだ声がした。おそるおそる振り返ると。表情豊かになっていたことが嘘みたいに、能面のような無表情をした柊木悠真が、そこにいた。


 な、何が起こったんだ……?


 理解の及ばない事態に困惑しながら、私はゲホゲホとせき込む。肩を支えてくれていた柊木悠真が、優しく背中を撫でてくれた。すまないねえ。


 一瞬でもあれだけ苦しいのだから、首を絞めて殺されるのはとんでもなく苦しそうだ。やはり御免こうむりたい。


 ビビりだから普通に安楽死を希望したい。


 我儘な生き物なのだ、私は。


「千代ちゃん、大丈夫?」


 言いながら、優しく背中を撫でてくる柊木悠真に、首を振って見せる。


 全然大丈夫じゃない。普通に死ぬかと思った。


「よくも……千代ちゃんに……!」


 柊木悠真は、眉を吊り上げて腕をまっすぐ前方に向かって伸ばす。その手の中に、闇が集まっていく。


 ざわり、と広間が揺れた。


 柊木悠真は全く広間のざわめきを気にせず、腕を伸ばし続けている。その先にいるのは――先ほど私の首を掴んできた妖怪だった。


「死ね」


 柊木悠真の言葉に反応するように、手の中から闇が放たれる。それはあたかも弾丸であるかのように、目にも止まらぬ速さで妖怪頬を掠めて、背後の壁に突き刺さった。


「ひ、ひいいいい!」


 頬から流れる血を確認して、妖怪が怯えた声を上げる。


 それと同時に、ちっと舌を打つ音がして、振り返ると不愉快気に眉を歪めた柊木悠真の姿があった。

 柊木悠真ブチギレで草。


 段々思考回路がハッキリとしてきた。つまり、長の命を受けて私たちを亡き者にしようとした妖怪に視覚から攻撃され、友人を殺されかけた柊木悠真が切れている、というわけか。


 ……害悪じゃん、妖怪! いいぞ、柊木悠真、やっちまえ!


「外したか」


 もう一度……と柊木悠真の口が動くのを見ながら、私の胸の中に希望が広がっていくのがわかった。


 おいおいおい、コイツ、完全に魔王然としたムーブしてね? これ、世界滅ぼすルートに向かえてね?


 普通に相対した妖怪を殺す気満々の、冷徹な柊木悠真の態度に私はテンションが爆上がりするのを感じた。更に奨励しようと、その頭に手を伸ばし、よしよしと撫でまわす。


 偉い! 偉いぞ柊木悠真! 簡単に殺生をしようとするその心意気、黒幕として恥じないその態度。これは世界が滅ぶぞ~!


 そんな気持ちを込めて頭を撫でくり回すと、超然とした態度だった柊木悠真が、突然はっとした様子でこちらの瞳を見つめてきた。


 な、なんだ……。急ににらめっこでも始まったと言うのか……。


 よくわからないが、負けじと心なし変顔をしながら見つめ返していると、柊木悠真の瞳に涙が浮かんできた。


 何故泣く⁉ そんなにやばい顔してたか⁉


 というか、泣くほど変な顔してたの、私。いや、それってどんな顔だよ。


 わからないまま、更に撫でまくる。


 すまねえ、なんか知らんが泣かせてすまねえ。泣くほど変な顔ですまねえ。


 私の方が泣きたくなるようなことを考えながら、とにかく必死に頭を撫で続ける。しばらくすると、ようやく落ち着いたのか、柊木悠真が口を開いた。


「ごめん……。ごめん、千代ちゃん」


 謝罪返し、だと……? というか、何に対する謝罪なんだ……?


 完全に展開に置いて行かれている。と言うより、柊木悠真の思考回路が全く理解できない。


 おかしい、柊木悠真はいうなれば私の分身。つまり、その考えなど手に取るようにわかるはずで……。だからこれはその、なんだ。だめだ、全然わからん。


 困惑しながら、私はゆっくりと首を横に振る。


「う、ううん……。いいの。気にしないで。……ゆっくりで、いいから」


 取りあえず、泣き止んでくれ。


 柊木悠真の能力の一端に触れ、その恐ろしさを理解したのか、妖怪たちが動く様子はない。


 だからこそ、私たちの一挙手一投足に注目が集まってしまっており……。


 つまりは死ぬほど気まずかった。


「ボク、ボクは……。『優しくて常識的』な人になるって、決めたのに……。こんな……こんな」


 何か葛藤しているのはわかるのだが、人の推しキャラ傾向をいつでもどこでもばらして歩こうとするのは本当に何なの? やめてもらえる?


 今、めちゃくちゃ視線が集まってるわけ。わかるかな。


「やめて」


 やめてほしすぎてついに声に出た。


 柊木悠真が、俯いていた顔を上げて、こちらを向く。


「……やめて」


 じっと目を見つめたまま、ダメ押しをしておく。


 本気でやめて欲しいと言う感情をすべて込めて、目に力を籠めまくった。


 すると、柊木悠真が、こちらを見つめたまま、動きを止めた。


 まるで、世界の時間が止まってしまったのかと錯覚してしまいそうなほど、長く感じる時間が流れる。


 え、何、この空気。


 ……そ、そんなにこの注意って、言っちゃダメなやつでしたか?


 気まずい時間にだらだらと背中に冷汗が流れ落ちるのを感じる。


 一刻も早く解放されたい気持ちになっていると、ようやく柊木悠真が動き出した。


「……わかったよ。ごめん……ううん、ありがとう、千代ちゃん」


 なんか知らんが話がまとまったらしい。


 よくわからないまま、なんとなくキリっとした顔で頷く。全くついていけてないが、ついていけている風を装いたかった。


 ただでさえ気まずいのに、実は全く話の流れが理解できていないだなんてばれたら、気まずすぎて吐いちゃいそうだもんね。


 しんとした空間に、ふと「妖怪のやつらはどうしたのか?」と思い出す。


 きょろきょろと周囲を見回すと、広間を埋め尽くす妖怪たちは、皆顔を真っ青にして震えている。


 そういえば、柊木悠真のラスボスムーブが炸裂していたんだった。何もない空間から、普通に死人が出るレベルの攻撃を放つ奴を、気軽に刺激できるはずがなかった。


 柊木悠真オンステージになった広間の中で、こざかしい考えが頭をもたげる。


 これ、柊木悠真さえ味方につけてれば、怖いものなくね?


 虎の威を借る狐……。私は完全に、その気持ちになっていた。


 名前の思い出せない親玉を睨みつけて、私は口を開く。


「……こんなの、許せない」


 そう。今の私には、許せないのだ。こんなクソしょうもない中途バッド展開が。


 今ならもうちょっと意味のあるバッドエンドが描ける気がするから……!


 許せないから、テコ入れする。

 

「陽太は、自由になるの」


 そう。自由に乙女ゲームが買えるように……!


 乙女ゲーム界隈の新しい一に、桐原陽太はなるべきなのである。


 だからこんなしょうもなバッドエンドなんてものは、破壊して、無かったことにする。……柊木悠真がな!


「……陽太を一人にしたのは、貴方達、でしょう? 陽太は何も、悪くない」


 他力本願と言われようと、構わない。偶には、私の思い通りになることがあってもいいだろう。それに……展開を書き換える権利は、常に私にある。


 だって私は、この世界の神様(創作者)なんだから。


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