第2話 誰か助けてくれないか、いやまじで。
気づきたくなかった。知りたくなんてなかった。よく考えてみて欲しい。いや、考えないで欲しい。理解して貰いたいような気持ちと、わかってほしくない気持ちが、私の中に同居している。
好きな作品の世界に生まれ変わるなら、楽しみを見出すことも簡単だっただろう。お気に入りのキャラに粘着するでも良し、ヒロインを探してみるでも良し。何なら、イベントを間近に見られるよう、受験勉強とか必死にしたかもしれない。
「推しカプの恋愛模様をこの目にできるなんて……!」
なんて、感涙する未来もあったかもしれない。
しかし、自作乙女ゲームに転生してしまったからには、目にするイベントは全て自分が考えたもの。出てくるキャラクターは、自分が生み出したもの。口から出てくる言葉すら、私が考えたものなのだ。
プロでもない私が、自分の過去作品を誇れるほどのクオリティに仕上げられているかというと、それは全くそんなことはない。というか、エネルギーと情熱が有り余っていた、高校生位の頃に作った物語なのだ。率直に言って、黒歴史と言っていい出来だ。
勘弁してくれ!
あまりの絶望に、私は頭を抱えた。目の前で、自分の書いた小説を音読されているみたいな羞恥心が、一向におさまらない。
一介の乙女ゲーマーが、見様見真似で作っただけの作品に、誇りなんて大層なものを持てるはずがないのだ。作品に込めたのは、愛情。ただそれだけである。
そう、確かに、自作キャラに我が子に対するような愛情が若干ありはする。けれど、実際に恋をしろとか言われたら、流石に舌を噛み切って自害することも厭わなかったかもしれない。
だって、彼らは半ば私自身なのだから。
彼らから出てくる言葉は、私から出てきた言葉であり、その思考回路や言動は、私の内側から生み出されたものなのだ。つまり、私の感覚からすると、彼らと対峙するというのは、私自身と鏡で対峙しているような感覚。
私は残念ながら、ナルシストではなかった。
幸い、私が転生したのは主人公ではなかったので、一命は取り留めた。
これで、自分の分身から口説かれたりなんだりされる、という地獄絵図は回避できたということになる。
やったね。いやよくない。存在自体が非常に不快である。私の目の前から消えてくれ。本当に、心の底から頼むから。お願いだから。
柊木悠真を認識してしまった瞬間から、私の世界は色褪せ、笑顔を失った。心を閉ざさないと、襲い掛かる黒歴史に耐えきれなかったせいで、私の表情筋は死んでいったのだ。ついでに口数も最低限になった。
オレ、シツゲン、アマリニモオソロシイ。
この世界そのものが既にお前の失言みたいなもんだろって? こりゃ一本取られたな!ガハハ! (死んだ魚の目)
しかし、この世界の存在自体が、失言のようなものだったからこそ、これ以上の黒歴史を生んでなるものかというブレーキが、私の中に生まれた。結果、口数が極端に減ったのである。
人間とは、学習する生き物なのだ。
そして、柊木悠真の人間離れした美貌を前に、私は思った。
自分の妄想が具現化したイケメンって、顔が良すぎてめっちゃ気持ち悪いな……と。
自分の創造した通りに動いている存在、正直言ってめちゃくちゃキモかった。自分の思い描いていた通りの姿をした生き物が、自分の目の前で、想像と寸分たがわぬ動きをする気持ち悪さ、多分私にしかわからないと思う。それに、口を開けば飛び出すのは、私の考えた台詞や、私の考えそうな台詞。
何者かに頭の中を覗き込まれているような、気味の悪さがあった。やばい。怖い。存在が私を追い詰めてきている。
あまりの羞恥といたたまれなさ、そして恐怖に、なんかもう死んじゃおっかな~とか考え始めてしまったレベルだ。私もうダメかもしれない。
みんなは、自分のパソコンの中身を全世界に公開され続ける世界で、生き続けられるだろうか? 私は無理だ。もう終わりだよ。
しかし、彼の存在を疎ましく思う一方で、視界に収めていないとなんとなく不安になってしまう自分がいた。
これはあれだ。自分のPCが誰にでも触れる場所に、パスワードもつけずに放置されているような感覚……!
監視せずにはいられない!
そんなわけで、出会ってしまった日から欠かさず、私はだんまりしている柊木悠真の隣で監視をしつつ、思索にふけっているというわけだ。
柊木悠真はいつも一人でいた。
日によってやっていることは多少違うようだけれど、誰とも馴染まず一人きりで何かをしているのは変わらない。
今日は、一人で積み木をやっている。時折、こちらを向く視線があるけれど、無視だ、無視。だって、何にも言わないんだもの。
「はやく、はやく。なくなっちゃえばいいんだ」
嘘。ごめん。なんか言ってたわ。
「……今、なんて?」
尋ねてみる。
けれど、こちらをじっと見はするけれど、返事はせずに再び背を向けられてしまった。
シカトかーい。いや、独り言なのか?
ぼっちって独り言激しいよね。まあ、自己紹介なんだけど。
自嘲していると、柊木悠真が再びぶつぶつと何か言い始めた。
怖えよ。友達なくすぞ。……友達いない設定にしたの、私だったわ、ほんとにごめん。
どうしてただ生きているだけで、罪悪感に苛まれなきゃいけないんだ。
「こんな世界……はやく、なくなっちゃえばいいんだ」
厨二乙。普通の状態であればそう思っていたであろう、その言葉に、激しい同意をした瞬間。私の脳内を電撃のようなひらめきが駆け回った。
ワンチャンこの苦しみから逃れられるかもしれない、と。