第26話 ずっと何の話してんの……?
「とりあえず、陽太が今どんなところにいるのか見ようか」
プ、プライバシー!
「ソウダネ!」
全ての思考を放棄して、闇の中に浮かび上がった桐原陽太の姿に目を向ける。
桐原陽太は、どうやら光の差さない場所にいるようだった。まだ太陽が高い位置にあるというのに、桐原陽太の周辺は薄暗い。
『おねーちゃん、悠真……。今頃、何してるのかな……』
ポツリ、と桐原陽太が言葉を漏らす。なんだか悪いことをしている気がして、胃がチクチクと痛んだ。
まあ、盗撮してるようなもんだから、ゴリゴリに悪事なんだけどね!
痛む胃を押さえながら、なんとか目を凝らして様子を見る。
闇の中に浮かび上がった桐原陽太は、体育座りをしたまま、顔を両ひざの間に埋める。すると、自然と声がくぐもって聞こえた。
『人間と慣れあうなって、何なんだろう……。だって、妖怪より人間の方が、俺に優しくしてくれるのに』
その声は震えていて、聞く者の胸を締め付けるような悲壮さを感じさせた。
か、可哀想……。と、思わず素で思ってしまったが、普通に私のせいで草も生えない。
まずい。私の作った設定のせいで、他人の精神を痛めつけている様子を目の当たりにするの、普通に罪悪感がマッハ過ぎる。
「妖、怪……?」
胃痛に呻いていると、すぐ隣からそんな言葉が聞こえて、私ははっとしてそちらに目を向ける。
そ、そういえば、柊木悠真は桐原陽太が妖怪だってことを知らないんだっけ。
大混乱必死に違いないだろう。しまった、話がこじれる。
恐る恐る様子を伺うと、柊木悠真は零れ落ちそうなほど大きく目を見開いていた。
「そんな……でも、こんな……独り言で冗談なんて、言わないよね……」
動揺した感じはあるが、どこか受け入れようという気概を感じさせる態度に、私の方が戸惑う。
私だったら「中二病乙!」で済ませると言うのに、なんて純粋なんだ!
ごっこ遊びやら、妄想やらの可能性の方が、思い当たる確率高いと思うんだけど……。普通に事実として受け入れようとしているの、流石に純真無垢かもしれない。
「悠真……」
お前すげーな。
そんな気持ちを込めた視線に気が付いたのか、柊木悠真がこちらを向いた。
「千代ちゃん……。心配しないで、ボク、陽太が何者でも、気にしないから」
お前スゲーな。
妖怪が実在している、という事実を受け入れるところからの話になるというのに、それをすっ飛ばして、桐原陽太の存在の受容にまで話が発展している。
思わず感心しながら、それならば真実を告げねばならぬと口を開いた。
「陽太……妖怪なんだって、初めて会った時、言ってた」
よくよく思い出すと本当に、何故初対面の人間にそんな重要な情報をバラしてきたのか、全く理解できない。
何なん、あいつ。
思わず遠い目をしてしまう。
「そっか……。本当に、そうなんだ……」
そんな私とは裏腹に、柊木悠真はすぐに頷いた。
本当にお前は、受け入れが早いな。
「でも、そんなの関係ないって、千代ちゃんは言ったんでしょ。ボクの時と、同じように」
柊木悠真の受け入れ態勢の速さにドン引きしていると、急に意味の分からないことを言われてしまった。
ボクの時と同じように……?
何の話をしている?
柊木悠真に向けてそんなことを言った記憶がない。記憶がないというより、恐らくそんな事実は存在しない。
だというのに、あたかも当然の事実を告げるような柊木悠真の物言いに、私は背中に冷たい汗が流れ落ちるのを感じた。
こ、怖え~! こいつ、たまに存在しない記憶をでっちあげてくるのなんなの? 病んでるの? ……ヤンデレって病んでるのか。じゃあ私のせいか。
一人で戦々恐々としていると、不思議そうな顔をされてしまったので、微笑んで誤魔化しておく。
「……だから僕も、そう思うんだ。千代ちゃんの言葉に、どれほど救われるのか。他でもない僕自身が、知っているから」
なるほどな。……いやだから、何の話? 存在しない記憶の私の言動を真似てるの、怖すぎるんだが?
私の恐れに気が付かないまま、柊木悠真は何かを噛み締めるように両目をぎゅっと強く瞑った。
「千代ちゃん、陽太に会いに行こう! 一人でいるのは、きっと誰だって、寂しいよ」
強い光を瞳に湛える柊木悠真に気圧されて、私は頷いた。
ごめん、ちょっと意識があっちこっち行き過ぎて、何の話してたのかわからなくなったわ……。
ただし、心は完全に置き去りにされていた。