第24話 美化、それは逃げ場をなくすこと。
「ねえ、千代ちゃん。陽太ってどこに住んでるのかなあ。知ってる?」
「え……?」
しまった。全く話を聞いていなかった。何だって?
「陽太のお家ってどこかなって」
あー……家ね、家。家……? そんなの決めたっけな……?
絶望の淵から無理やり意識を引き戻しながら、私は顎に手を当て思索にふける。
桐原陽太のルートは、物語が進むと妖怪と人間の対立が描かれることになる。
『ロストタイム』の世界では、妖怪の実在性は人間によるところが大きい。
人間の恐怖……その心を、具現化した存在が妖怪なのだ。
この世界では、人々は様々な超常的能力を会得している。代表されるのが、柊木悠真の闇の力(笑)であることは今更言うまでもないだろう。
柊木悠真以外の人間たちも、大なり小なり様々な能力を使えることは間違いがない。そういった様々な能力が、恐怖という感情によって無意識化で発動された結果、その集合体によって実在のものとなった新たな生物……それこそが、『ロストタイム』における妖怪の正体なのである。
つまり、妖怪は、人間の『恐怖心』によって存在できているのだ。だからこそ、彼らは生き延びるために、人間に恐怖を与える存在でなくてはならない……。生存戦略として、本能に人間を恐怖させるべきだと、そう刻まれているのだ。
しかし、桐原陽太はその本能を持たない。
何故なら彼は、妖怪と人間のハーフだからだ。
そう、人間を恐怖に陥れずとも、実在性が保たれるが故に、彼は妖怪世界においての異物となり。だからこそ、桐原陽太は本来妖怪とは相性が悪いはずの、光の能力を人間の母親から受け継げたのである。いや、そんなことは、今はどうでもいいのだ。
桐原陽太のルートを思い返してみるけれど、困ったことに住んでいる住居に関する記憶が全くない。妖怪たちは、なんかあの、人里離れた山地の方に住んでいるらしい的な設定を書いたような気がするが、それだけだ。
やだ……! もしかして私の書くシナリオ、設定ガバすぎ……⁉
と口元を押さえながら思ってみるけれど、今更な話だった。本当にね。
「千代ちゃん……?」
私が、何かに気が付いたように見える素振りをしたせいか、柊木悠真が何か期待した目をこちらに向けてくる。子供の純粋な期待を裏切ってしまって、本当に申し訳ないのだが、私がわかったのは「なにもわからない」ということなのだということを、告げてしまっても大丈夫だろうか。
大人として非常に情けないことだが、それが事実なのだから仕方がない。
「……私、陽太のこと、何も知らない……」
気まずさを感じるままに、俯きながら言う。
作者のはずなのに、本当に何も知らないのである。え、そんなことある? あるんだなあ、これが。ガハハ。笑ってる場合じゃねえ。創作やめろ。
あまりの情けなさに涙が出そうである。
「千代ちゃん……大丈夫だよ!」
曲がりなりにも、創作者としてどうなのかと落ち込む私の手を、柊木悠真がそっと掴む。それに促されるように視線を上げると、ニコリと此方に微笑みかけてくる神々しい顔面があった。
思わず全身が拒否反応を示し、鳥肌が立つが、残念ながら私の両手は解放されなかった。
「知らないなら、これから知ればいいんだよ。ボクだって、陽太のことは、まだあんまりよく知らないから。だから、これからもっと仲良くなって、知っていけばいいんだよ。一緒に!」
ぱっとその場に明かりが灯されたような笑顔に、私は泣き出しそうになった。
……知りたくねえんだよ!
深掘りされればされるほど、明らかになるガバさ、露呈する自分の趣味、向き合わざるを得なくなる過去。攻略対象たちを知ったところで、いいことなんか一つもないのである。
しかしそんな私の気持ちを知らない柊木悠真は、私が彼の言葉に感銘を受けたとでも思ったのか、私の手を握ったまま勢いよく立ち上がった。
「よーし、そうと決まれば、陽太を探そう!」
もしかしなくても、巻き込まれそうである。
そんな気配を感じて、私は慌てて言い募る。
「や、私はその、や、やめておく……」
「千代ちゃん……。陽太のこと、知らなかったせいで、何もできない自分が許せないんだね。そのせいで、自信をなくしちゃったんだね……」
そ、そんなことは一言も言っていないんだが?
凄まじい解釈力を見せつけてくる柊木悠真に、私は動揺する。
というか、生まれてこの方、そんな殊勝な考えなど、一度たりとも持ったことはないんだが?
よくわからない美化をされている気がして、私はなんとかその考えを正そうと口を開く。
「いや……だから」
「でも、大丈夫! さっきも言ったけど、これから知ればいいんだよ。今からできることを探せばいいんだよ。……ボクの過去は変えられなくても、ボクが千代ちゃんに救われたみたいに!」
「違くて……」
「怖いんなら、ずっと手を繋いでるからさ!」
くそっ! こちらに口を挟む隙を与えてくれねえ!
マシンガンのように前向きな言葉で励ましてくる柊木悠真に、私ついに閉口した。
どうしてこの人、人の話を聞いてくれないんですか⁉ 私が人の話を聞かないからか⁉ 親に似るのか⁉ ……そうか、親に似るなら仕方ないな……。
結論に到達した瞬間、凄まじい虚脱感に襲われる。
その瞬間、私は静かに敗北を喫したのである。
「……ソウダネ」
私は感情の籠らない言葉を吐き出しながら、そっと天井を見上げ、ゆっくりと一粒の涙を流すのだった。