第19話 イチゴ、ウマイ。
母はいつも、リビングの四人掛けのテーブルに、おやつを用意して、私たちの邪魔をしないように静かにキッチンや別の場所にいてくれることが多い。たまに一緒に食べることはあるけれど、それはレアケースだ。
今日も、用意されていた席に、順番に腰を下ろす。私の隣に柊木悠真が腰を下ろして、向かいの席に桐原陽太が座った。
用意されていたのは、チョコレートケーキだった。スポンジの間や、ケーキの上にイチゴがふんだんに使われているやつだ。
私は甘いものは正直そこまで好きではないが、フルーツは大好きだ。そして、好きな食べ物は一番最後に食べる派でもある。
ちょこちょこイチゴを取り出してながら食べすすめている私を見て、柊木悠真が首を傾げた。
なんだよ、キモい食い方してごめんて。
「ちよちゃん、もしかして、イチゴきらいなの?」
もしかして、私のイチゴ狙われてる?
やめろ、私のこの世界での楽しみ、乙女ゲームと食くらいしかないんだから! これ以上私から何も奪わないでくれ!
そんな気持ちを込めて、激しく首を横に振る。
「……好き」
子供相手に必死こいてイチゴを死守しようとしていることが恥ずかしくなり、頬が熱くなってしまったが、それでも食べたいものは食べたいのだから仕方がない。
私の言葉を聞くと、柊木悠真と桐原陽太は、ぱっと表情を明るくさせた。
「っそうなんだ! じゃあ、ボクのイチゴもあげるね」
「オレのも、あげる」
いや、要らんけど。子供からイチゴをカツアゲするアラサーの構図を作り出すの、やめてくれないか?
必死になって返却しようとするけれど、二人とも断固拒否の姿勢を崩さない。
なんでこいつら妙なところで頑固なんだよ!
「でも、二人の分のイチゴが、なくなっちゃう」
私がよほど困惑していることが伝わったのか、桐原陽太が「わかった」と両手を打った。
おお、わかってくれたかね。じゃあほら、皿からイチゴを撤退させてくれ。
「悠真とおねーちゃんは、今いくつ?」
……? なぜ今年齢の話……?
困惑していると、同じように困惑しているらしい柊木悠真の声が、隣から聞こえてきた。
「今、六才だけど……?」
だから何だと言うのだろう。
柊木悠真と二人そろって首を傾げていると、桐原陽太はニッコリと笑った。
「そうなんだ。じゃあオレ、一番おにーさんだ。おにーさんだから、二人に一個ずつ、イチゴあげる」
言いながら、桐原陽太は残り少ないイチゴを更に柊木悠真の皿に乗せた。
柊木悠真は、それをビックリした表情で見つめた後、頬を染めながら、小さな声で呟いた。
「……陽太、本に出てくるお兄ちゃんみたい」
柊木悠真の小さな声を、きちんと拾っていたらしい桐原陽太が、目を丸くした。
「お兄ちゃん? オレ、悠真のお兄ちゃんみたい?」
柊木悠真が、恥ずかしそうにそれに小さく頷いた。
きらり、と桐原陽太の瞳が輝いて、嬉しそうに笑み崩れる。
「……そうなんだ。オレ、家族がいないから、嬉しい! 悠真のお兄ちゃんにしてくれるなら、これからずっと悠真の味方してあげる」
「ボクの……味方?」
「うん。ずっと味方」
微笑む桐原陽太と、惚けている柊木悠真の間に、何やら絆が生まれそうになっているようだが、こちらはそれどころではない。
なんか、謎の空気で返却する機会潰されたな……。
しかしさすがに、この空気をぶち壊して「イチゴを返却したいんですけど!」と訴えられるほど、私のメンタリティは強くない。
諦めてケーキを食べ進めることにする。
「千代~、お茶のお代わり持って行ってくれる~?」
フォークを口に入れたタイミングでキッチンにいる母から声をかけられて、慌てて飲み込もうと咀嚼していると、隣に居た柊木悠真がさっと立ち上がった。
「ちよちゃん、ボクが行くから食べてていいよ」
私が行く、と声をかけるより先に、柊木悠真は颯爽とキッチンに向かってしまった。行動が素早すぎる。あのくらいの素早さで、世界滅ぼしてくれねえかな。
そんなことを想いながら、柊木悠真の後ろ姿を目で追っていると、桐原陽太がくすくすと笑った。
「悠真、おねーちゃんのことが大好きなんだね」
先ほど自分の方がお兄さんだ、と主張したと思ったのだが、その呼び方は直してはくれないのだろうか。
「オレ、悠真のことも大好きになっちゃった。弟みたいに可愛くて、面白いし……。でも、おねーちゃんはもっと特別。だから……」
言いながら、桐原陽太は再び私の皿に、イチゴをコロンと乗せる。
思わず桐原陽太を見つめると、彼は自分の人差し指を唇に押し当てて、しぃ、と息を吐いた。
「悠真には、ナイショね」
コイツもしかして、ショタコンで人から食べ物を強奪する蛮族とかいう不名誉な称号を私に押し付けようとしてないか? 許せねえ……許せねえよ……!
っていうか、だからって何だよ。何がだからなんだよ。文脈繋がってないんだけど、もしかしてこれ国語力か? 私の国語力が終わってるせいなのか?
私は泣きそうになりながら、皿に乗せられたイチゴを、そっと桐原陽太の皿に返却した。