第18話 邂逅するな。
どうやって調べたのかは定かではないが、最近めちゃくちゃ桐原陽太が家に遊びに来る。
「おねーちゃん、久しぶり!」
母に呼ばれて向かった玄関に、桐原陽太の姿を認めた時の感情は、筆舌に尽くしがたい。
「なんで?」
口から出たのはそんなシンプルな言葉だったわけだが。
「おねーちゃんに、会いたくて……ダメだった?」
なんかこいつちょっとキャラ違くないか?
あざとく上目遣いをしてくる姿に、「うわ私こういう趣味あったんだ……」と絶望しながら思った。
私が、己が業を思い体調を崩している間に、桐原陽太は家の中に侵入。気が付けば、母がコロッと飼いならされていた。母よ……。
「陽太くん、礼儀正しくて可愛くて本当に良い子ね~! おやつ用意しておくから、いつでも遊びに来てね!」
そんな風に言い出した時には、流石の私も血の涙を流せるんじゃないかと思ったくらいだ。
そんな日々が始まってから、暫く経ったある日。びりびりと体が痺れている気すらするような、極度の緊張感の中に、私は放り込まれていた。
プレッシャーの正体は、私の腕を抱え込みながら、据わった目で前を見詰めている柊木悠真である。そして、そんな視線を一身に浴びているのは、桐原陽太だ。
……なんで私の腕を抱え込んでいるんだよ! 私関係ないだろ、解放してくれよ!
幼稚園の他のお子様方相手にした時も、やたらめったら腕を拘束されていたんだけど、なんで? もしかして私罪人か何かだった? だからこんな地獄にいるってことか、はは。笑えない。
「……ちよちゃん、あれ、だれ?」
前方を隙なく警戒しながら、柊木悠真が訪ねてくる。
「……陽太」
あれ何? と尋ねられれば、私の黒歴史だが? となるところなのだが、誰と尋ねられれば桐原陽太っすね……と答えるほかないのである。
まあ、そんなこと実際に答えられるはずもないので、仮にあれ何? と尋ねられた場合、ダンマリで通すしかないわけなのだが。
柊木悠真が、私の言葉を聞いて、キッと桐原陽太を睨みつける。しかし、桐原陽太の方は、特に気にした様子もなく、ふにゃりと笑うだけだ。
「……初めまして、オレ、桐原陽太。君は?」
柊木悠真の睨みつけをものともせず、桐原陽太は自分から名乗り、更には柊木悠真に歩み寄った。
柊木悠真は、びくりと大げさに肩を揺らすと、一層強い力で私の腕を抱き込む。
痛えよ。お前、将来ラスボスになることを確約されている隠れゴリラだと言うことを自覚して行動してくれよ。
そして私の貧弱さを舐めないで欲しい。折れるぞ、腕。
「ね、おねーちゃん痛がってるみたいだけど」
私が痛みに微かに顔を顰めたことを、桐原陽太は見逃さなかったらしい。
優しく諭すように柊木悠真に語り掛ける。
柊木悠真は、はっとして抱え込んだ腕から力を抜いた。助かった。危うく私の、枯れ枝程度の強度しかない腕がバキバキにされるところだった。
痛む腕を撫でさすっていると、柊木悠真が口を開いた。
「……どうしてちよちゃんのこと、おねーちゃんだなんて、呼ぶの?」
私もそれは気になってた。というかなんでコイツ頑なにおねーちゃん呼びを崩さねえの?
柊木悠真の最もな疑問の声に、私もうんうん頷きながら、目を向ける。しかし、そんな気持ちも、その後に続いた言葉によって忘れ去られる。
「ちよちゃんが……ちよちゃんが年下キャラに弱いって知ってて、わざとやってるんでしょ……!」
お前どうして私の好みのキャラ傾向を……!
一瞬戦慄したが、そういえば柊木悠真にはよく乙女ゲームを貸し出しているんだった。勿論、感想も話し合うから、好みのキャラ傾向がばれるのは時間の問題なんだったわ。
しかし、だからと言って、それを公衆の面前で暴露されるのはあまりにも居たたまれない。というか普通に辛い。
や、やめろ……やめてくれ……。確かに年下キャラは好きだけど、別に現実でもそうだなんて言ってないんだから、私をショタコン扱いしないでくれ!
口をパクパクさせながら否定の言葉を探しているうちに、桐原陽太が先に口を開いた。
「やっぱりそうなんだ……」
おい、やっぱりってなんだ。
まずい。冷汗が噴き出てきた。このままだと、私がショタコンの地雷乙女ゲーマーだという噂が出歩いてしまう。
「そんなこと、ない……」
ふるふる頭を振ると、隣の柊木悠真がきょとんとした顔でこちらの顔を覗き込んでくる。
「ちがうの?」
違いますけど? 何がそんなに疑わしいのか言って見てくれる? ごめん、やっぱり聞きたくないわ。
必死に頭を左右に振りまくると、何とか納得してくれたらしい柊木悠真が、やっと私の腕を解放してくれた。
脱、拘束。ウェルカム、自由への道である。
「じゃあ、まあ……そのままの呼び方でも、いいけど」
いや、良くないけど。なんで君が勝手に許可を出しているんだ。
「ありがとう。じゃあ、仲良くしてくれる?」
お前もなんでそれを普通に受け入れているんだ。私の人権は一体どうなってしまったんだ。
桐原陽太は、未だに柊木悠真への歩み寄りを諦めていなかったらしい。私が生み出したキャラクターだけあって、執念は半端じゃないようだ。
柊木悠真は、チラリとこちらに視線を向けて、きゅっと下唇を噛み締めた。
「ちよちゃんは……『優しくて常識的』な人がすき……」
おい、だから私の好きなキャラ傾向を喧伝して回るのをやめてくれないか。
私の心に暗雲がかかったのと同時に、柊木悠真は桐原陽太の差し出された手を握る。
「よろしく……ボク、悠真。柊木悠真」
「悠真! オレ、同じ年くらいの男の子友達、いなかったんだ。だから、悠真と友達になれて嬉しい!」
名前の通り太陽のような笑顔を浮かべる桐原陽太に、柊木悠真はちょっと照れたように頬を染めた。
お子様同士の交流……のように見える場に、私も少しばかりほっこりする。
まあ、桐原陽太は人間じゃないんで、同い年でも何でもないんですけどね。
そんなタイミングで、母から声をかけられた。おやつの時間らしい。
「悠真君や陽太君が来てたから、今日のおやつはケーキよ!」
そんなウェルカムな雰囲気を醸し出すのはやめて欲しい。こいつらが家に来やすくなるような空気は全てなくしたいものである。
「おばさん、いつも優しいなあ」
ニコニコした桐原陽太が呟いて、柊木悠真と握手していた手を、そのまま繋ぎなおして引っ張る。
つんのめって転びかけた柊木悠真を抱きとめると、すぐに「ごめんごめん」と謝った。
そして、柊木悠真の手を引いていたのとは反対の手で、私の手を取る。
「行こ! 皆で食べたら、きっと凄く美味しいよ」
発光でもしているのかと思ってしまうような笑顔だ。
その笑顔を向けられると、顔の造形がよくわかってしまって、ダイレクトに胃痛に直結した。このドール顔、私の黒歴史直結なんですよね……。
私は過去の自分の業に想いを馳せながら、大人しく手を引かれるまま後をついていった。




