第17話 妖怪大戦争。
彼の名は、桐原陽太。『ロストタイム』において、あんまり意味をなしていないメインヒーローを請け負った人物だ。その性格は、至って善性。明るく笑顔の素敵な優しい子である。これだけ聞くと、なんともまともそうに思えるだろう。実際、人格的な面で言ったら、『ロストタイム』の中では彼がダントツでまともだと言えよう。しかし、彼にはある問題があるのだ……。
その問題とは何か。それは、黒歴史ノートの彼のルート概要を見れば明らかだ。
『何でもできて優しい彼。しかし、時折妙に寂しそうな瞳をするのが気になった。
貴女は、どんな失敗をしても、優しく励ましてくれる彼に惹かれ始めていた。そんなある時、放課後の誰もいない教室で、彼の背中から翼が生えているのを目撃してしまう。
「今の……見た?」
「う、うん……翼……生えてたよね?」
「あー……実は俺、妖怪……なんだよね」
彼は困ったように頬をかいていた。
光の能力を使えることで、同族から疎外されていた彼。
「俺の居場所は、どこにもないんだよ」
「そんなことない!」
「口で言うのは簡単だよね」
それは初めて見た、彼の蔑むような眼差しだった――。
しかし、貴女は諦めずに彼に寄り添い続ける。学園で起こった事件の犯人にされかけた時も、冷たく突き放された時も、変わらずそばにいた貴女に、彼もやがて心を開いていく。
しかし、彼らの間には、種族の差という問題があった。
やがて物語は、妖怪世界と人間世界の全てを巻き込んで発展していく……。』
なんでだよ‼
なんでそんな気軽な感じで妖怪カミングアウトしてんだよ! へへ……俺、サッカー選手になるのが夢なんだ……みたいな軽いノリで種族の差があることを明らかにしてるんじゃねーよ! 頬をかくな! 真面目にしろ!
そもそもヒロインなんでそんなに動じてねえんだよ! う、うん……じゃねえよもっと恐れろ未知の存在を! もしかしてお前の親戚にも妖怪いるのか?
それとダッシュを使うな恥ずかしさが増す! そして話のスケール急にでかくする癖やめてもらえる? 柊木悠真も桐原陽太もなんで急に話のスケール世界規模になるの? 乙女ゲームあるあるだから? それにしたって、ワンパターンすぎるだろ。
過去の自分と喧嘩しているだけで凄まじい体力の消耗を感じる。もう帰ってもよくないかな。
だめだわ、腕がっつり掴まれてて逃げられそうにない。流石妖怪。っていうか妖怪が普通にスーパー来るんじゃねえよ。
何の妖怪設定にしていたのか書いてはいなかったが、恐らく私が知っている妖怪で済ませたはずなので、烏天狗あたりではないだろうか。翼生えてるし。
でも妖怪なのにカラーリングが完全に西洋のそれなのはなんでなんだろうか。恐らく「異端であることを見た目からして表すため」とかなんとかそれっぽいことを言いながら、完全に趣味に走ったんだろうな。本当に欲望丸だしなオタクである。
そう思いながら隣を歩く美少年に目を向けると、困ったような顔で微笑まれた。この頃から愛想は大変良いようである。
やめてくれ、設定に忠実な様を見るたびに、私の魂的なものが削れていく気がする。
「……どうして、迷子になったの?」
桐原陽太の顔を見つめていると、その顔をドール人形のような造形にした、自分の過去の趣味が浮き彫りにされるようで気まずい。居心地の悪さから、つい声をかけてしまった。
「……オレ、嫌われてるから」
「どうして?」
「ヘンなんだって、オレ」
口をへの字にした桐原陽太が言う。それは、彼の同族が、嫌がらせで彼をわざと置き去りにしたのだということ、そして、それを彼が理解していることを示している。私は、申し訳なさからうつむいた。
ごめん……お前を変な設定にしたの、私なんだ……! 妖怪ものなら妖怪もので統一しておけば、お前も同族から嫌がらせなんかされなかったろうにね……。
しかし、私の贖罪は、この世界ごと彼を消すことである。彼を苦しめる何もかもを消し去ろうとしているのだから、ワンチャン感謝されるかもしれない。
「変じゃないよ……ごめんね、変なのは、私の方」
正確に言うと私の黒歴史の方。黒歴史世界への転生が明らかになり、表情筋が死んでから本当に口を動かすのが辛いので、つい言葉を略してしまう。だがまあ、大事な部分は伝わっているだろう。
桐原陽太は、きょとんとして、私の顔を覗き込むようにして見た。
「なんで……? オレ、皆から嫌われてるんだよ?」
心底不思議そうな表情の彼に、私は首を振って見せる。
いやだから、そもそもの諸悪の根源私なんだってば。ごめんな。
「私の方が……罪深いから」
桐原陽太は、首をひねりすぎて、そのままこてんと横に転がりそうになりながら、私の言葉の意味を考えているようだった。
ちょっと阿呆っぽい挙動をしているけど、もしかしてキャラクターの賢さって私の賢さに比例するんだろうか。まずい、この世界バカばっかりになるぞ。
私は恐ろしい考えに行きあたって、戦慄した。キャラクターは作者の脳みそ以上には賢くなれないと言われているけれど、転生したこの世界でもそれが採用されているとしたら、私が壊さなくてもこの世界終わってるな。
「わからない!」
急に、桐原陽太が大声を上げた。思考の海から引き上げられる。どうやら、私の言葉の意味を考えていたようである。
自分から黒歴史を公開するバカは流石にいないから、私はこれ以上言葉を重ねるつもりはない。わからないと言われても、謝罪以上にすることはないのだ。
桐原陽太は歩みを止めた。自然、彼に腕を掴まれている私の歩みも止まる。
「あのさあ……」
もじもじとしながら服の裾を伸ばしていた桐原陽太が、何かを決意したように顔を上げた。その瞬間、気のせいか、店内に流れるBGMが変化したように思う。
「オレ、実は妖怪なんだ……」
頬をかきながらそう告げる桐原陽太の姿を見て、私は鼓動が止まったような錯覚を受けた。
……シナリオ再現やめろ! 軽率に吐くぞ。
っていうか、お前なんでそんなに自分の種族とかいう、重要な秘密に関してのガードガバガバなの?
頭の中で怒涛のように突っ込みをいれつつ、私は口を開く。
「……へえ」
へえとしか言い様無くない? これ以上私に何が言えるの? 全部墓穴だぞ?
「……それだけ?」
「うん、特になんとも……」
「あ、キミ、信じてないでしょ! オレ、本当に妖怪なんだよ! なんなら証拠だって見せられるし!」
ぷんぷんしながら背中の方に視線を遣ったのを見て、慌てて止める。
こいつ、公衆の面前で翼を出そうとしやがる……! やめろ、それ以上私の黒歴史を陽の下に晒すな。
「あ、ううん。違うの。……信じてないんじゃなくて、どうでもいいなって」
「どうでもいい?」
怪訝そうに眉を寄せる桐原陽太の姿に、私は大きく頷いた。
いやほんと、お前がどういう生き物でも私には関係ないのよ。っていうか、攻略対象である時点で私の歩く黒歴史なわけ。つまりみんな私の恥部。最悪だ。
「君が、どんな生き物でも、関係ないから」
そう。君たちの存在そのものが私の黒歴史であることは変わらないのである。
それにしたって、急に「俺妖怪なんだ」はないけど。メインヒーローのルートで一番やらかしてないか?
「オレが、どんなでも……関係ない?」
おっと、意識が完全に自分の過去に向いてしまっていた。今なんて言った? まあいいや、とりあえず頷いておこう。
「おねーちゃん、オレより変な人だ」
桐原陽太が、名前の通り太陽のような笑みを浮かべる。
……? これ、ルート終盤の全ての悩みが払拭された時に浮かべる曇りのない笑顔のはずなんだけど……?
まあ、気のせいだろう。
私はそのままサービスカウンターまで桐原陽太を送り届けた。ついでに館内放送で迎えに来た推定妖怪と思われる保護者ポジションの生き物に向け、保護者の責任とは何かをこんこんと説いておいた。
お前ね、種族間のことはよくわからんが、保護者としての責任は果たしなさい。私はこの世界を作ってしまった責任を果たして、この世界を無事に滅ぼすからね。
そんな私の姿を、桐原陽太がキラキラとした瞳で見つめていたような気がしたけど、たぶん気のせいだ。