第15話 乙女ゲームプレゼン。
ゲームを起動すると、乙女ゲーム会社のロゴが表示されて、じきにオープニングが流れ始める。
美麗なイラストと、美しい音楽に、私はうっとりと浸る。
やっぱり、乙女ゲームのオープニングは最高だぜ!
「わ、すごい……きれいな絵だね」
隣でニコニコと画面をのぞき込む柊木悠真に、私は全力で頷く。頷くと言うより、なんかもう赤べこみたいに頭をがくがく上下させた。
「ちよちゃん、これ、どういうゲームなの?」
無邪気な顔で、柊木悠真は尋ねてきた。
今、私に、乙女ゲームの説明を求めたのか……?
脳内で、服がバリっと破けるようなマッチョになってポーズを決める。これがっサイドチェストだ……!
うっかりにわかのボディビル知識を持ちだすほど、私は舞い上がっていた。今世初めての、趣味語りの瞬間が来たのである。
「これ、あの……主人公の女の子の視点で、話が進む……」
口を開くけれど、うまく動かせずに、もどかしくなる。
クソッ布教の邪魔になると知っていたのなら、普段から口周りの運動をして、破竹の如き勢いで語りつくしたというのに……!
いや、それだと失言のオンパレードになりそうだな。やっぱり駄目だわ。
「それで、男の子たちと、一緒に過ごして……。恋をしていくのを、見守れるゲームなの」
男女の恋愛ものが好きなオタクにとっては、勝利を約束されているのだ。
自分の瞳がかつてない程輝いているのを自覚しながら、私は柊木悠真に熱く語りかける。その熱が伝線したのか、柊木悠真もポッと頬を染めた。
「ちよちゃん、楽しそうで、かわいい……」
わかってくれるか、この楽しさを!
「そうなの……楽しいの」
内心にっこにこなのだが、私の凍り付いた表情筋は、かすかに口角を持ち上げただけだった。
「ちよちゃん、笑っ……!」
私はルンルン気分で傍らに置いていたパッケージに手を伸ばし、一人のキャラクターを指し示す。
それは、まごうことなき私の推しだった。
「私、この子が、好き……」
どうだ、私の推し、最高だろう!
そんな気持ちで柊木悠真に振り返ると、彼は私の指の先をじっと見つめながら、怖い程の真顔をしていた。
一瞬前までの笑顔どこ行った?
困惑している私に、柊木悠真が語り掛ける。
「この人は、『優しくて常識的』なの?」
まさか私の推しが気に食わないとでもいうのかと、喧嘩を売りかけた私の思想に、柊木悠真のその言葉がストップをかけた。
な、なんだよ……私の推し傾向、ちゃんと覚えてるとか……やっぱり君、乙女ゲーマーの才能あるよ……。
再び高揚した気分で、私は口を開く。
「そう……私、大好き……」
本当は、キャラクターの全てを語りつくしてしまいたいほどなのだが、生憎と私の口はうまく動かない。
けれど、私の輝く瞳が、全てを物語っていたようだ。
柊木悠真は興味深そうに頷いて見せた。
「ふうん……。ねえ、ちよちゃん。ボクこれ、ちゃんとやってみたいな。借りて行っちゃ、ダメかな……? もちろん、すぐに返すから」
持ってけドロボー!
こんなにテンションが上がったのは、この世界を滅ぼせるかもしれないと気が付いた時以来である。
私は何度も何度も頷いて、了承の意を示す。
「悠真、嬉しい……。興味、持ってくれて……ありがとう」
服の裾を引きながらお礼を言うと、また柊木悠真の頬が赤らんだ。
空調、暑すぎたかな……?
「ライバルのことを知りながら、ちよちゃんの好みも知れて、さらに喜んだかわいい顔も見られる……一石三鳥だ……!」
柊木悠真は、小さな声で何か小さく呟きながら、ガッツポーズをした。
そうか……そんなに楽しみにしてくれるのか……!
私は浮かれた気分で、部屋の設定温度を下げた。
柊木悠真は、本当にすぐにゲームを返却してくれた。あまりに返却が早かったので、てっきりちゃんとプレイしていないのかと思ったのだが、そんなことはなかった。寧ろ、トロコンしていた。
ゲーム機や作品ごとに、あったりなかったりするのだが、ゲームの進行度等によって与えられる、トロフィーと呼ばれる称号があるのだ。柊木悠真は、それを全てコンプリートした状態でゲームを返却してきた。つまり……あの短時間で、ゲームを隅から隅まで堪能していたのである。
なんとなく執念のようなものを感じてゾッとしないでもなかったが、乙女ゲーマーとしては普通に嬉しかった。
ただ、私の推しのルートのセーブデータが異様に多く、下手したらイベント毎にセーブがされているのを見た時は、ちょっと引いた。
楽しんでくれるのは嬉しいけど、ヤンデレ設定の名残のような執拗さを感じるな……。
「ちよちゃん、すごく勉強になったよ」
ニコニコして感想を話してくれる柊木悠真に、私も内心ニコニコである。
でも勉強になったって何? あ、天文の知識が作中で出てくるからかな。私も乙女ゲームでいくつか星座の名前とか覚えたわ。わかる、わかる。
一人で納得して、構わないと首を振る。
「ね、また好きなゲームができたら、ボクにも教えて? ちよちゃんの好きなものは、ボクも好きになりたいから」
何だよお前、いい奴じゃねえか!
そうしてこの後、私は柊木悠真に定期的に推しゲープレゼン会をするようになっていくのだった。