第14話 ワクワク☆お宅訪問(嘔吐)。
上を向き始めた私の気分を地へと落としてくれたのは、勿論この方、柊木悠真だった。
何がそんなに楽しいのかはわからないが、やたらと嬉しそうな顔で、我が家に遊びに来てくださったのである。
呼んでねーよ。幼稚園が休みの日くらい、私の胃に休みをくれよ。
だが、最近の言動はいただけないとはいえ、私はこの世界をなかったことにするために、柊木悠真とは友好関係を築いていく必要がある。私は涙を涙を呑んで、柊木悠真を部屋へと案内したのである。
「ここがちよちゃんの部屋なんだね……!」
私の部屋に足を踏み入れた柊木悠真が、やたらと瞳を輝かせて言う。
君の瞳、もうちょっと死んでなかったか? キラキラされていると世界の滅亡的な意味で不安だから、もう一回死んでもらってもいいかな?
内心そう思いながらも、流石に子供にそんな酷なことは言えずに、曖昧に頷いた。
「そっかあ……ふふ。いいにおいがする」
無邪気な笑顔で柊木悠真が言う。
子供が言うことなので、まともに取り合ってはいけないとは思うが……ちょっとキモいな、その感想。
「今日……どうしたの?」
いや本当に、何しに来たんだ、お前。用事がないなら帰ってもらっていいか。
柊木悠真は、家に尋ねてきた時と同じように、ニッコリと笑う。
「どうしたって……遊びに来たんだよ。当り前じゃない。だってボクたち、友達でしょう……?」
こてん、と首を横に倒した柊木悠真に顔を覗き込まれる。至近距離で瞳が蠱惑的に光るのを見つめながら、私は全力で後方に飛びのいた。
あっぶな、顔近っ! 危うく吐き散らかすところだった。
あと一歩のところまで来ていた吐き気を必死に飲み下す。
私がこの世界に普通に生まれてきた住人だったのなら、柊木悠真の顔面と言うのは非常に麗しく感じるものだったのかもしれない。しかし、この世界の創造主的には、至近距離で浴びる黒歴史は、毒にしかならないのである。
急に飛びずさり、未だに警戒を露わにしている私に対して、何を勘違いしたのか、柊木悠真はくすくすと笑みをこぼす。
何笑ってんだ、てめー。もしかしてあれか、私が自分の黒歴史を間近に受けてもだえ苦しんでいることをあざ笑っているのか。そんなことがあってたまるか。誰も私の気持ちなんて理解してくれるな。
「ごめん、急に近づいて……。ちよちゃんって、照れ屋さんだよね」
……何を言っているんだ、こいつ。
言っている意味が分からな過ぎて、脳みそが宇宙に旅立ちそうになってしまった。
はっ、いけない、いけない。
何とか意識を深淵から引きずり戻す。
流石だな、柊木悠真。この私の時間を止めてみせるとはな……!
私が一人脳内で少年漫画の如き激戦を繰り広げている間に、柊木悠真の意識は別のものに移っていたようだ。
私から視線を外して、私の背後……。最近シーツを取り換えたばかりのベッドに向いている。
お客さん、お目が高いですねえ。そちら、最近入手したばかりのシーツなんですよ。
気に入りのシーツに興味を持ってもらえたようで、私も内心ウキウキである。
あれ、けど、柊木悠真ってああいう可愛い感じのものに、興味持つタイプだったっけ……?
「ねえ、ちよちゃん。あれ、何?」
何ってシーツだよ。見りゃわかんだろ。
困惑したまま口を開こうとして、私は彼の指が指し示しているのが、ベッドでもシーツでもなく、その上に置かれていたものだということを理解した。
しまった……!
最速でそれを回収し、枕の下に隠したものの、時すでに遅し。
私の後ろからぽてぽてと歩いてきた柊木悠真が、枕の下からそれを取り出してしまった。
うん、まあそうなるよね。ガッツリ見られてたもんね。
「『流れ星の落ちた日』……?」
柊木悠真が手にしているのは、両親を口説きに口説き落として購入してもらった、乙女ゲームだった。
いや、違うんだよ。こんな世界に来てまで乙女ゲームやってんじゃねえよっていうのはよくわかる。私もそう思う。けど……けどさあ……精神の回復には、好きなもの摂取するのが一番じゃん……!
誰にするでもない言い訳をかましながら、私は地面を拳で殴りつけた。
「わっ……! えっ、ちよちゃん、怒ってる? 勝手に見て、ごめん……」
しょんぼりとした柊木悠真が、手にしていたゲームを渡してくる。
いや、違う。私こそ情緒が安定していなくて、誠にすまない。
「違う……恥ずかし、くて」
乙女ゲームの世界に入ってまで乙女ゲームをプレイしている自分の終わりオタクぶりが。
最初、この世界に乙女ゲームが存在しているのか、まずそこから調べなければいけなかった。ぼんやりした母の携帯電話のパスワードを盗み見、これまた母の目を盗んでネットサーフィンをさせてもらったのだ。
わかったのは、どうやらこの世界で発売している乙女ゲームは、どうやら私がプレイしたことのあるものや、見聞きしたものを模した作品が多いらしいということだった。
どういうルールで出来上がっているものなのかはわからないが、好きなゲームをリプレイしたい派としては助かったし、未プレイの新作ゲームもプレイ出来そうなのは、ありがたい。
そんなこんなで、乙女ゲームの存在を確認した私は、もう物凄い勢いでゲームを所望した。最初、流石に幼稚園児にゲームを与えるのは早いのではないかと反対していた両親だったが、私の折れなさと、毎回用意したプレゼン資料に、「うちの子天才だし、普通の子とはまた話が違ってくるか……」などと言いながら最終的には買い与えてくれた。やったぜ。
こうして私は、連日連夜溜まっていくストレスに、乙女ゲームのプレイをすることによって、耐えているのである。
「ちよちゃんが何が好きでも、ボクはちよちゃんが大好きだよ!」
目の前にいた柊木悠真の大声で、私の意識は引き戻された。
まずい。全く話を聞いていなかった。
とりあえず笑って誤魔化しておく。柊木悠真も、ニッコリと微笑み返してくれた。よし、これで完璧に誤魔化せたな。
柊木悠真は、未だに私に返却したゲームに、視線を注いでいる。
……もしかして、興味があるのだろうか。
そわそわしてくる。自慢じゃないが、前世の私は一部の人間に布教の鬼と呼ばれていたのだ。布教のチャンスを感じて、黙っていられるはずがなかった。それがたとえ、半分自分自身のような存在だとしてもだ。
「……やってみる?」
「! いいの?」
おい、おいおい。見込みあるじゃねえの、柊木悠真!
オタクの血が騒いで、テンションが上がってきてしまった。今の一瞬で、正直言って柊木悠真への好感度がかなり上がった気がする。
私は柊木悠真を手招きして、ベッドに腰を下ろす。柊木悠真は、どこか遠慮がちに隣に座った。