第12話 前世の業。
やあ、皆。元気? 私は絶不調! なんでかって? 黒歴史である自作乙女ゲーム世界に転生した挙句、この世界を消し去る計画が怪しくなってきたからだよ! なんでだ……?
柊木悠真という名前の、この世界を滅ぼす力を持っている少年との邂逅を境に、世界を滅ぼすサポートしちゃうぞ! と張り切っていたというのに、何故か隣に居ただけの私に柊木悠真が好感を抱いてしまったらしい。自分が作ったキャラクターに好意を向けられ、自分が考えたロマンチック(笑)台詞を目の前で詠唱されて、思わず吐きかけた。
もう終わりだよ……この世界が終わらないなら私が終わるしかないよ……。
そう思って丈夫なロープを探し始めたけれど、自分がいなくなったあともこの世界が存在し続けるという事実が受け入れられない。
どうしても世界を滅ぼす願いを捨てきれない……!
打ちひしがれながらも、再び立ち上がった私は、とんでもないものを発見した。書いた覚えのない一冊のノートが、自分の学習机の引き出しに入っていたのだ。表紙にでかでかと禁と書かれたノートは、やけに見覚えがあった。冷汗が止まらない。
チラリとノートを開いた私は、一瞬にしてそれがなんであったのか思い出した。速攻でページを閉じる。
そう、それは……前世でこの世界の設定を書き込んだ、所謂『黒歴史ノート』だったのだ。
どうしてこんな私特攻の兵器がここにあるわけ……?
あまりの無慈悲さに戦慄した。
おお、神よ。私ってもしかして、前世の死に際に大規模テロ等起こして、大量殺人とかしましたか。
生まれ変わってもなお、自分を追いかけてくる黒歴史の存在に、リアルに震えが止まらなくなった。なんならそのまま熱を出した。
朦朧とした意識の中で、ああ、あれは夢だったのか……と安堵したけれど、熱が下がってもう一度机を開けると、当然のように黒歴史ノートがそこにあった。泣いた。
ええい、ままよ。存在してしまうのなら、使うほかないだろう。虫食いの記憶の中で、世界を滅ぼす道筋を作り出すのにも限界がある。
私は一念発起して、黒歴史ノートを開いた。
『貴女は、家庭の事情により中途半端な時期に転校することになった。
叔父の家から通うことになった学園には、貴方の幼馴染も通っているようだ。久しぶりの再会、そして、新たな学園生活を前にして、貴方は期待に胸を高鳴らせていた。
「新しい学校、新しい制服、新しい生活……楽しみ!」
そうして通い始めた学園には、さまざまな出会いが待っていた……。
(ここでなんか花吹雪とか散らす)
(出会いのシーンの台詞)
「個性の強い生徒が多いなあ……」
そう考えていた貴女だが、新しくできた友人に、部活参加が必須だと言われる。どの部活に参加すべきかと悩んでいると、貴女の通う学園の教師でもある叔父に、自分が顧問をしている部に所属するかと提案された。
そうして、叔父の案内に従って訪れた読書研究部の部室には、五人の男の子がいた――。』
「きっつい!」
自室だというのに、異様に大きな声が出てしまった。冷汗アゲインである。
『ロストタイム』全体の流れを簡単に書いた内容ですらこの威力か……。やっばい。震えが止まらない。高校時代の黒歴史とどうして生まれ変わった先でまで向き合わなきゃいけないわけ?
「学園もの乙女ゲーあるあるの、親元を離れて叔父の家から学校に通うヒロイン! 明らかにPVの構成を意識した、出会いシーンの台詞という指定文! そしてなにより! プラスファンタジーの世界の癖に、全体説明文に一言も出てこないファンタジー要素! こいつ、設定を何も考えてない!」
なんだこのクソゲーを確約された設定文は。
私はここで何もかもを投げ出して、ノートを燃やし尽くしたい衝動に駆られながら、どうにか踏みとどまって更にページをめくる。簡単なキャラ設定を書いたものや、大体のルートの内容が書かれた文章なども載っていて、そのすべてが私の胃を刺しに来ていた。
キャラ設定を読むだけで、きつい。きつすぎる。吐きそうだ。
私が『ロストタイム』のシナリオを制作したのは、高校生だった頃の話だ。あふれ出る乙女ゲームへの情熱が抑えきれず、迸るまま書き上げたシナリオだった。
しかし、いざゲームにするとなると、スクリプトが云々というのはちんぷんかんぷんすぎて、理解ができなかった。その為、シナリオをゲームに落とし込むの部分に関しては、他人に投げた。なので、正確に言うと、私が作ったのは乙女ゲームのシナリオ部分とイラストだけなのだが。それは、今はどうでもいいか。
小説に流行ジャンルが存在するように、乙女ゲームにも流行、というか……。人気の出やすいキャラ傾向や、シナリオ傾向というものがある。乙女ゲームは、他のジャンルと比べると、一作品一作品が廃れづらく、息の長いジャンルではある。しかし、それでも時代によって人気が出る内容というのは変わってくるものである。
前置きが長くなってしまった。結局のところ、何が言いたいかというと……。私が死んだであろうあたりの時代と、私がゲームのシナリオを作成したあたりの時代では、人気のキャラクター傾向に差があったということである。
これは、あくまで私見になるけど……。私が高校生だった頃に人気の出やすかったキャラは、過激なキャラだった……! 死ぬ周辺あたりだと、私が高校生だった頃には個性が薄いと判断されていたような、優しいお人好しキャラなんかも人気になっていたけど……!
個人的には、この人気キャラ変遷は、現代人が疲れているせいだろうか……なんて思ったものだ。
そんなこんなで、『ロストタイム』には、過激なキャラクターを当然のように入れ込んでいるわけである。ヒロインを殺しにかかるタイプの攻略対象は、正直乙女ゲームにおいてはさほど珍しくない。
だから私は悪くない……! はず……!
脳内で誰に向かってしているのかもわからない言い訳をしてみるけれど、そんなことをしていても現実は変わらない。世知辛いものである。
『ロストタイム』の攻略対象は五人。これは、乙女ゲームの攻略対象の数として、最もスタンダードな数だと思う。担当カラーは、黄色、赤、青、ピンク、紫だ。ピンクだけ異彩を放っている気がしなくもないが、そこには可愛い担当をねじ込みたいという過去の私の願望が見える。その結果こうなったのだろう。この女、己の欲望に忠実すぎる。
メインヒーローには、黄色を宛がった。……ところで、乙女ゲームにおけるメインヒーローが、どんな存在か、おわかりいただけるだろうか。
乙女ゲームにおけるメインヒーローは、簡単にいってしまうと作品の顔を担っている人物である。作品を象徴する王道なルート、もしくは、真相を明らかにするルートの場合が多い。パッケージにヒロインと二人で描かれている男がいる場合、それがメインヒーローということになる。アニメ化した際には、この人のルート内容が描かれることになるんだろうな……とプレイヤーに思わせるルートだと言えば、わかりやすいだろうか。作品から一人だけ代表で描かれるとすれば、十中八九メインヒーローであるため、パッケージを見てみるのがわかりやすいだろう。
悲しいことに、『ロストタイム』におけるメインヒーローは、メインヒーローとしての役割を果たしていないと言える。何故なら、『ロストタイム』には、作品全体の一貫性というものが、正直いって、はっきり、まったく、ないからだ。