第11話 最悪の顛末。
最近、柊木悠真の様子がどうにもおかしい。
それに気が付いたのは、彼が積極的にほかの園児たちと交流をし始めたからである。
おかしい……。柊木悠真は、他人と深く関わることで、自分の『使命』を果たせなくなることを恐れているはずだ。黙って隣に居ることが、彼と関わる為にできる、最大の行動であるはずだった。それなのに……。
最近の柊木悠真は、自分から園児たちの輪に加わるだけに飽き足らず、笑顔を浮かべて会話に応じているのだ。
なにしろ、高校生の頃に勢い余って作った作品のことなので、記憶が完全なものであるというわけではない。けれど、流石に大まかな流れは覚えていると思う。
確か、この時期の柊木悠真は孤独の最中で、世界に対する憎しみを募らせているはずなんだけど……。何をどう間違えて、社交性を身に着けようとしているんだろう?
焦った私は、今日も園児の群れに向かっていこうとしている、柊木悠真の手を掴んで引き留めた。
「……最近、変」
いや本当に、どうしたの? おかしいよ?
柊木悠真は、私の必死な表情に気が付いたのだろうか。ほんの少し不思議そうな表情を浮かべた後、得心がいったように頷いた。
「ええと……その……ちよちゃんに、すきになってほしくて」
……パードゥン?
ハッ、いけない、いけない。今一瞬気絶していたかもしれない。ごめんね柊木悠真、もう一回聞かせてくれない? どうして最近社交的なんだい?
「ちよちゃんに、すきになってほしくて」
頬をほんのりと珊瑚色に染めた柊木悠真が、はにかみながら告げる。その顔を見た瞬間、凄まじい勢いで、胃液が食道を逆流しようとする動きを見せた。
要するに、強烈な吐き気を感じた。
口を押さえて頽れる私に、柊木悠真はぎょっとした表情を見せたが、何か言ってくることはなく、そのまま背中を撫でてくれた。
ごめんちょっと今触らないでもらえるかな⁉ 吐きそう!
猛烈な存在感を発揮する胃液を、どうにか口内で飲み下しながら、私は状況を整理しようとする。
え、待ってどういうこと? 今の台詞……ヒロインに心を開き始めた柊木悠真が言う台詞のはずなんだけど……。
待ってきつくない? 自分が考えたラブシーンを目の前で披露される人間って、羞恥心を感じるものだと思ってたんだけど……。ショックがでかいと直接吐き気にくるんだあ……知らなかったあ……。
現実逃避をしている場合ではないのである。今、最大の問題となるのは、柊木悠真が人間に関心を寄せるのは、ハッピーエンドに至る過程にあるエピソードだということだ。つまり、下手をすると……柊木悠真が世界を滅ぼさないエンドに向かってしまう。
そんなの、私の方が終わる! 世界を滅ぼすか、私が終わるか。二つに一つなんだよ……!
私はどうにか処理した胃液の残り香にあえぎながら、やっとの思いで口を開く。
「そのままで、いいんだよ……!」
柊木悠真の瞳が、きらりと輝いた。それは、彼の瞳に溜まった涙が、光を反射してきらめいたみたいだった。
柊木悠真は、ふにゃりと笑み崩れる。
「くふふ……。でもね、ちよちゃんは、『優しくて常識的な人』がすきでしょ?」
おい、そのくふふ笑いは、初めて感じる幸せに、内側からあふれるものを我慢しきれずに自然と出てしまう不慣れさゆえの不気味な笑い方! という設定! ハッピーエンド時空の柊木悠真の笑い方!
こ、こいつ……幸せを感じてやがる! なんでだ、どうして!
困惑と絶望の最中にいる私を置いて、柊木悠真は両手を広げる。
「だからボクね、決めたんだ! ボクは、『優しくて常識的な人』になって、ちよちゃんが世界をすきになれるように、がんばる! だから……だからね」
や、やめてくれ……それ以上は……!
涙目で顔を左右に激しく振る私が見えているのか、いないのか。柊木悠真は瞳いっぱいに、希望の光を湛えて、笑う。
「世界をほろぼすの、やーめた!」
な、なんでだよ……!
絶叫を上げる代わりに、血の気を失った私は、その場で意識を失ってしまった。




