第108話 一瞬の気の緩みが私を地獄に連れて行く。
一人でほくそ笑んでいると、いつの間にか視線が私に集まっていた。
別に何を言ったわけでもないのに、視線を集めているの、気まずい。……というか、普通に怖いんだけど、何?
「……どうか、した?」
見てくるわりに何も言ってこないので、渋々口を開く。
すると、ハッとした様子で、朝香蘭が両手を振った。
「やだ、ごめんなさい。何だかお姉ちゃんと似た表情をしているなって思って……」
「お姉ちゃん?」
はて? 朝香蘭に、姉などいただろうか?
キャラ設定を思い返してみるけれど、そんな設定はなかった。……と思う。
いや、まあ、私の記憶なんて当てにならないということは既に理解しているんだけれど。
「……ああ、うん。えっと、親戚のお姉ちゃんなんだけど」
なるほど。親戚まで設定なんて作り込んでないからね。いつのも設定が生えてくるやつね。
私は訳知り顔でウンウンと頷く。
「そう……なんだ。仲、良いの?」
せっかく雑談を振ってもらったのだから、広げるべきだろう。
そう考えて尋ねると、何故か朝香蘭は考え込む様子を見せた。
「そうだね……どう、なんだろう。私は尊敬しているんだけど、向こうがどう思っているのかは、わからないかも。仲良し……だったらいいな」
なんだか複雑そうである。後から生えてきた癖に、生意気な。
朝香蘭の顔に影が差したのを見て、私は慌てて口を開く。
「朝香さん、みたいな……人なら。みんな……好きだと、思う」
正直適当なことを言っている自覚はあったが、仕方がない。
好感度……! 好感度が欲しいのである、私は。
朝香蘭は、ぱちくりと何度か瞬きをしてから、おかしそうに笑った。
「あはは、それって、どんな人? 橘さんの中で、私ってどんな風に見えてるの?」
「それは、ボクも気になってた」
突然、柊木悠真が横から口を挟んできた。
大人しく私たちの会話を聞いていたから、会話に参加する気はないものなのだと思い込んでいて、ちょっとビビってしまった。
で、えっと、なんの話だっけ。朝香蘭がどう見えているか?
朝香蘭本人はともかく、柊木悠真はそんなことを聞いて一体どうしたいんだよ。
内心うんざりしつつも、私は慌てて思考を巡らせる。
「……芯が、強くて、かっこいい?」
そうだ、朝香蘭は、そういう主人公像だったはずだ。
乙女ゲームの主人公の個性は、多種多様である。自己愛しかない女や、純粋すぎて頭がお花畑な女。ちょっとひねたタイプもいるし、難聴系主人公だっている。
けれど、何本かゲームをやっていると、好ましいタイプがわかってくる。
そして、カップリング厨としては、主人公に好意を持てるか否かというのは重要だ。
だから『ロストタイム』では、割とスタンダードな主人公像でキャラクターを作ったのだ。
あらゆる困難の中でもめげない女。何度でもたちあがる、格好いい女を。
私の言葉に、朝香蘭と柊木悠真はキョトンとしていた。
お揃いの表情を浮かべていて非常にいい感じではあるのだが、いかんせんこのタイミングだと、おかしな人間扱いをされているようで落ち着かない。
「……何か、変なこと、言った……?」
不安になって尋ねると、柊木悠真が小さく微笑んで、「変っていうか……」と前置きをしながら、こたえてくれた。
「まるで、前から知っているみたいに話すなって。……もしかして、ボクが知らないところで、会ったことあった?」
馬鹿野郎。
柊木悠真の疑問は最もである。私がこの世界で朝香蘭の存在を認識したのは、つい先ほどのことである。そして、私に金魚の糞のごとくつきまとっている柊木悠真は、私の周辺の人間関係をある程度把握している。
つまり、初対面の人間にドヤ顔で「あなたの人間性を存じ上げています」と言っているところを、目撃されていたわけである。
いや、柊木悠真はまだ良い。けれど、本当に問題なのは、朝香蘭の方である。
彼女とは、正真正銘の初対面なのだ。それなのに、面と向かってこんなことを言われたら……想像するまでもなく、ドン引きに決まっている。
まずい! 私は朝香蘭の好感度を稼ぎ、柊木悠真との繋ぎを作ることが目的なのだ。そうすることによって、二人の恋路をコントロールするという外道な作戦をたてているというのに。
それなのに、ドン引きされて近寄るのやめとこ……なんて思われてしまっては、私ができることがなくなってしまう!
私は大量の冷や汗を背中にかきながら、頭を高速で回転させる。
考えろ……! 今から、ドン引きキショ人間から、せめて普通のクラスメイトに印象を引き戻せるような、神の一手を……!
私は思考の海に身を投げ出し、そして一欠片の希望を手にする。
「……朝香さん、有名……だから。私、ファン、なの……」
ファン……! 便利な言葉である。一方的な認知を柔らかくしてくれる、まさに神の一手である。
「ええ、私。有名なんかじゃないよ」
「そんなこと……! ない……! よ……!」
「千代ちゃんがそんなに強く言うなら、そうなんじゃない? まあ、本人はそういうの気付き辛かったりするしね」
「そうなのかなあ」
危ないところだったが……なんとか乗り切ったぜ!
やはり、喋るとろくなことがない。喉も痛いしね。




