第107話 乙女ゲームはイケメンにチヤホヤされるゲームじゃなくてイケメンのメンタルを治療するゲームだから。
クラス分けも神だった。
ヒロインと私、柊木悠真、そして桐原陽太が同じクラス。そして蓮実玲児と水瀬慧斗が隣のクラスだった。
きたきたきたきた!
ヒロインと柊木悠真がこれで出会う! うまいこと誘導できれば、この世界は滅ぼせるぞ!
かつてないほどの胸の高鳴りを感じる。
今なら空さえ飛べそうだ。
「千代ちゃん、どうしたの? 凄くご機嫌じゃない?」
これまた、何故か隣の席にいる柊木悠真に微笑まれて、私はにこにことしたまま顔を上げる。
「朝香……蘭が、いるから」
「……朝香蘭? それって、さっき新入生代表挨拶をしていた例の?」
「……うん」
今のところ、私が立てている計画としては、こうだ。
まずは、私がヒロインと仲良くする。すると、残念なことに私の腰ぎんちゃくよろしくついて回っている柊木悠真と桐原陽太も、自然と仲良くなる。そうすることにより、徐々に接点を増やしていき、フラグを立てる。
完璧だ……。完璧すぎる。
自画自賛をしていると、後ろから肩を叩かれた。
何だ? 今度は桐原陽太か?
そう思いながら振り返ると、そこにいたのは意外な人物だった。
「朝香……さん」
そう。そこにいたのは、『ロストタイム』のヒロイン、朝香蘭その人だったのだ。
上ずった声で名前を呼ぶと、彼女はピクリと片眉を持ち上げて、それからにっこりと笑った。
「橘さん……だよね?」
「え……? うん……そう、だよ?」
まさか、名前を覚えられているとは露も思わず、思わず疑問形の返事になってしまった。
私の曖昧な返事をものともせず、朝香蘭は「良かった、合ってた」と笑みを深める。
「貴方達、なんだかすごく目立っていたから、覚えちゃった」
「え……目立って、た……?」
そんなに目につくほど、私はヒロインをガン見してしまっていたのだろうか。
それで警戒されてしまったのだとしたら、元も子もないのだが。
心配になって朝香蘭の様子を伺うと、目が合った。感情の伺い知れない澄んだ瞳が、弧を描く。
「それは、もう。ほら、登校もみんなでしてたでしょう? イケメンの集団登校って凄く噂になってたよ」
私、関係ねえ! 巻き込まれ事故!
思わず項垂れていると、すぐ横から声がした。
「こんにちは」
柊木悠真が、じっと朝香蘭を見据えて挨拶をする。
それに対して、朝香蘭も、真っすぐに柊木悠真の瞳を見つめ返した。
時が止まったように、二人の視線が交じり合う。
まるで物語の始まりの様な光景に、自然と息を呑んだ。
やばい、私、今壁になれてる⁉︎
「……こんにちは、柊木悠真くん」
見つめ合いが発生してしばらく経ったのち、我に返ったように朝香蘭が返事をした。
柊木悠真は片眉をピクリと持ち上げて、小さく微笑む。
「朝香さん、どうかした?」
「どうかしたってことはないんだけど……。というより、先に挨拶してくれたのは柊木くんの方でしょう? 柊木くんの方こそ、私に用があったんじゃない?」
再び流れ出した時の中で、朝香蘭が楚々とした笑みを浮かべる。
一応、ヒロインとして創り出しただけあって、中々可愛らしい笑みだと思うのだが、柊木悠真は貼り付けたような笑みをうかべるだけだ。
「……いいや? ただ、随分と親し気に話しているから……どんなつも……どんな話をしているのかなって」
「やだ、話の内容が気になったの? 柊木くんも、普通の高校生なんだね」
花が咲いたような、という陳腐な表現をした笑顔を間近で浴びているというのに、柊木悠真の表情はどこか硬いまま。
これは……。
乙女ゲームの冒頭としてはかなりいい感じなんじゃないか?
乙女ゲームは選択肢を選んで好感度を上げていき、ハッピーエンドに辿り着く……ノベルゲームの形式をしたものが主だ。つまり、最初は好感度が低いのがデフォだ。
勿論、最初から好感度が高い状態で、関係性の発展を主に置いている作品もあるのだが、個人的にはプレイヤーの存在意義がない気がしてあんまり得意じゃない。
私は背後霊として彼らを幸せに導く存在でありたいタイプなのだ。
そんなわけで、『ロストタイム』も勿論初期好感度は低く設定されている。
柊木悠真のこの硬い表情は、好感度の低いヒロインに向けられた警戒心を表すもので、つまりは今のところかなりいい感じにシナリオに突入しているということだろう。
やったぜ。




