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第106話 神はまだ私を見捨てていない。かもしれない。

 皆さん、いかがお過ごしでしょうか?


 私は、この世の終わりについて、考え続けています。どうやったらこの世界をなかったことに出来るでしょうか。


 待ちに待っていたはずの高校の入学式。


 私は今にも燃え尽きそうな心地で椅子にもたれかかっていた。


 終わりだよ……もう終わりだよ……。


 とにかく逃げ場がなさすぎる。こんなことが許されていいんでしょうか。


 人様の暮らす予定のアパートに先回りして、ずっと一緒だよ、だなんて人生を脅かす台詞を吐いてくるの、害悪が過ぎないか……?


 しかも、哀しき哉、私が入学した高校は、本来の乙女ゲーム本編とは全く関係のない高校だ。つまり……全ての希望の源である『ロストタイム』のヒロインと柊木悠真を出会わせることが困難になってしまったのだ。


 ガッデム。こんなことが許されていいのか……?いいや、いい訳がない。いい訳がないのにまかり通っている。この世は、地獄だ……。


 絶望のまま頭を抱えていると、不意に、涼やかな声が響いた。


「新入生代表、朝香蘭」


 初めて聞いたはずなのに、妙に耳馴染みのある声に、私は思わず顔を上げる。


 視線が合った。気がした。


 彼女は口元に笑みを湛えて、頭を下げると、そのままステージの上から姿を消した。


「朝香……蘭」


 私はたった今聞いた名前を口の中で繰り返す。


 何度も繰り返し口にした言葉のように、舌によく馴染んだ。


 それもそのはずだ。


 だってそれは、私が創り出した存在に与えた名なのだから。


 そう、彼女こそが、『ロストタイム』におけるヒロインに、違いなかった。


「なんでここに……?」

「千代ちゃん?」


 何故か隣に居る柊木悠真に、こぼした言葉を拾われていたらしく、顔を覗き込まれた。


 なんでこいつ、当然のような顔をして、隣に座ってんの?


 別に出席番号前後とかでもないはずなんだけど、本当に何で?


 ただでさえ、ヒロインの存在について、わからないことが多くて混乱しているというのに、新たな疑問を増やしてくるの、やめて欲しい。軽率にパンクするぞ。私が。


 己の脳の容量を気遣ってやることに決めて、私は柊木悠真に曖昧な笑みを返してお茶を濁しておく。


 そんなことより、今はヒロインの事である。


 全く想定外のことではあるが、悪くない。……いや、むしろ良い。最高だ。


 ヒロインが近くにいさえすれば、柊木悠真をバッドエンドに導くことは可能なはず……!


 ふひ、ふはははははは!


 笑いが止まらない。この世界に生まれてきて、これほど私に都合の良いことがあっただろうか。いや、ない気がする。


 ニチャニチャと笑みを浮かべているのが気に障ったのか、急に隣から伸びてきた手に視界を塞がれた。


「……悠真?」


 一体何がしたいんだ? 何の嫌がらせ?


 文句を言ってやろうと視線を向けると、柊木悠真は瞳孔をガン開きしてこちらを見つめていた。


 怖すぎる。


「ねえ、千代ちゃん」

「はい……」

「あれを見て笑ったの?」


 瞳孔を開いたまま、小首を傾げて微笑む柊木悠真が、ステージの上を指さして言う。そこには、既にヒロインの姿はなく、今は校長がありがたいお話をしていた。


 人を指さすのをやめなさい。


 あと、仮にも先生に対してあれ呼ばわりはやめなさい。


「……ううん」


 脳内でお小言をこぼしながら首を横に振ると、柊木悠真は逡巡した後、再び口を開いた。


「それじゃあ……さっきの、新入生代表挨拶をしていた人?」


 鋭い。


「うん……」

「へえ、そうなんだ。ふーん?」

「……何か?」

「ふふ、ううん。何でもないよ。ただ……」

「ただ……?」

「僕でも見たことのないような表情を、あの子が引き出したんだなって、思っただけだよ」


 ……なんだか知らないが、妙に含みのある言葉である。


 私はうすら寒さを感じて、肩をさすりながら、口を開いた。


「仲良くなりたい、ね……?」


 己の願望を前面に出した言葉に、柊木悠真はゆっくりと頷いた。


「そうだね、仲良く、なれるといいよね」


 得たかった言葉を引き出せたことに、歓喜の笑みを浮かべながら、私は激しく頷いた。


 神はまだ、私を見捨ててはいなかったのだ。


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