第105話 もうダメかもしれない。
目が覚めて最初に視界に入ったのは、ヴァイオレットの瞳だった。
「あ、目が覚めた?」
やわらかく微笑みかけられた私は、うとうととそのまま二度寝に入ろうとして……どうしてその顔がここにいるのかわからず、衝撃のまま飛び起きた。
「悠真……」
「あ、ちぃちゃんおはよ。貧血かな?」
「ちぃ姉~! もー、心配したよ。やっぱり実家出ない方がよかったんじゃない?」
「千代がすぐ気ィ失うのは前からだろ。お前それ、自分がここに住めねェからってだけだろ」
「えへへ」
「どうやら図星のようだな」
寝ぼけた頭に、方々から聞こえてくる声を処理するのは、大変難しく……私はそのままもう一度気を失ってはダメかな、と思った。
「皆、なんでいるの?」
どうしてだよ! 誰にも引っ越しのこと言ってないだろ!
心の中で雄たけびを上げながら尋ねると、皆「なんでって……」と不思議そうに顔を見合わせていた。
「千代ちゃんのお母さんから相談されたんだよ。急に一人暮らししたいって言いだして聞かないんだけど、心配でとてもじゃないけど許可できないって」
「そう、そう。で、ちぃちゃんがそんなに頑なだっていうなら、よっぽどの事情があるんじゃないかって、オレ達思ってさ」
「んで、俺とか慧斗は家がクソだったから、高校入ったら家出ようとは思ってたし、丁度いいんじゃねェのって話になったワケ」
「俺たちが千代と同じアパートに住むなら、何かあってもすぐに頼ることができて安心だと、ご母堂は言っていたぞ」
「僕は流石にまだ高校生でもないし、無理だったけど……悠にぃとかはお父さんが凄かったよね」
いまだに混乱の渦中にあるが、出てきた名前に反応して悠真の方を見る。
「ウチはほら、千代ちゃんに恩があるから……。ぜひ力になってあげなさいってことで。ついでに、いい加減陽太をあっちのひとたちから引き離したかったから、ウチ持ちで陽太にもこっちに住んでもらうことにしたんだ。ウチ、お金はあるからね」
「げェ、ボンボンの言うことは違うな」
……恩があるというなら、なぜこんな心のないことをするんですかね……!
私は心の底から叫びたい気持ちになったが、ここで急にそれをしてしまっては、奇人のレッテルを張られるだけだ。
拳を握りしめて衝動を逃がそうと苦心していると、柊木悠真が「ねえ千代ちゃん」と声をかけながら、私の手を取ってぎゅっと握った。
「どうしてそんなに、実家を出たいと思ったのか、ボクにはわからないよ。わからないけど……千代ちゃんが昔から、何かにすごく苦しんでいたのは知ってる。現実が……世界が嫌いだって言ってたのを、覚えてる。もしかして、それが理由なのかな」
全く持ってその通りである。そしてその苦しみの種は、逃げ出した先に追いかけてきてしまったのだ。
「でも僕は、千代ちゃんに、一人じゃないことで生まれる幸せを教えてもらったから。キミと一緒だと、世界が好きになれるってわかったから。だからこれからも……キミの側で、キミが世界を好きになってくれるように、頑張るよ!」
柊木悠真が、「世界をほろぼすの、やーめた!」と言い放った時のように、瞳を煌めかせる。
それは以前の私を絶望の底に突き落としたように……現在の私も、絶望させた。
というのも、私は何か、見覚えがあるような気がしたのだ。
「オレも、一緒にいる! ちぃちゃんには、大切なものをもらったから。今度はオレが君に返していくって、そう言ったでしょ。その為には、近くにいるのが一番だしね」
器用にウインクを決める桐原陽太も。
「ま、お前の命は、オレが管理するって言ったろ。勝手に死なねェように、見張る必要あるし。近くに置いといた方が監視しやすいしな」
とんでもねえことを当然のようにサラッと言い、そして何故か誰にも突っ込まれない蓮実玲児も。
「俺も同じ考えだ。千代と一緒に過ごしてきた時間が、俺にとっては一番大切で、一番好きだから。一緒に過ごす時間の幸せをもらった分の、恩返しをしていきたい」
真面目に言い放つ水瀬慧斗の表情が、少しだけ緩んでいるのも。
「僕も僕も! ちぃ姉は僕の、王子様だしね! ちぃ姉が困った時は、絶対に僕が助けるって決めてるし! だから来年には、どうにかして絶対にこっちに越してくるよ!」
挙手をしてやたらと強く主張してくる百田七緒の姿も。
その全てに……妙な既視感を感じていたのだ。
すべてのピースが集まったことで、私の感じていた違和感の正体が、記憶の中からほりあげられていく。
ああ、ああ……ああああああ!
こ、これは――。
大団円ルートのスチルだ――!
私は急速に思い出した。目の前の光景と、描き上げた記憶のあるスチルが、ばっちりと重なった。
大団円ルート……。それは乙女ゲームで稀に存在するルートであり、多くの場合、誰ともくっ付かないエンドを迎える。一方で、全ての攻略対象からの好感度が一定以上あることが多いのだ。
私はこの大団円ルートを、作品の全ての設定を作り上げた後に付け足したのだ。
何故なら……「いくら『ロストタイム』とは言っても、柊木悠真ルート以外幸せな結末迎えられてないって判明したら、流石にプレヤー可哀そうかな」と思ったからである。
当然すぎる。作り終わる前に気付け。
だから私は、柊木悠真推しの人以外への救済案として、大団円ルートのシナリオを作成したのである。
大団円ルートは、続編が出る場合の土台になることも多いルートだ。大団円ルートから分岐する物語として、新しい物語が紡がれることも多いのだ。
しかし、素人乙女ゲーマーの私はそんなことは知らんと思い、雑な感じで大団円ルートをあとから追加で書き上げた……。
その結果、何故かこの世界に存在している黒歴史ノートにすら書かれていない、大団円ルートが爆誕したわけである。
時期は少し違ったけど、ヒロインの引っ越し先に攻略対象たちも当然のように引っ越してきて、これからもよろしくされてしまうわけである。
その資金どっから出てんだよ、とか。どうやって引っ越し先掴んでるんだよ、とか。お前らそんなに仲良くねえのになんで同時期に越してきてる設定なんだよ、とか。
自分が雑に作成したクソゲーに突っ込みたいことは満載である。胃も痛いし胸も痛いし涙も出る。
けれども、それよりもなによりも、大切なことがある。そしてそれが、私の心を絶望に叩き落していた。
それは……。
大団円ルートの柊木悠真は、世界を滅ぼさないという事実である。
うっそだろ、おい。
私はまだ諦めていなかった。高校に入ってヒロインにさえ出会えば、ワンチャンあると思っていた。
隣でサポートできずとも、運命のようにヒロインと恋に落ちるものだと思っていた。
何故なら、私がそういう運命の恋という題材が好きだからだ。
そして、ヒロインと恋にさえ落ちてくれれば、世界を滅ぼすチャンスが、ワンチャンできるはずだと画策していたのだ。
それなのに、大団円ルートのスチル再現が起きるということは、これが平和軸の世界線……。柊木悠真が世界を滅ぼさない世界線なのだと、主張してきているということである。
さらに言うと、本当に心の底から信じたくないのだが、もしかして私、ヒロインのポジになり替わってないか……?
そういう、恐ろしい考えが頭をもたげたのである。
今までの告白スチルだのなんだのは、ヒロインが不在故だと思っていた。高校に入り、ヒロインに出会いさえすれば、目が覚めると。
けれど、引っ越し先にまでついてこられた今……ヒロインと同じ学校に入らないことが、確定しつつある。つまり……ヒロインとの出会いイベントそのものが、抹消されるのではないかと気が付いてしまったのである。
「その……私たち、大人になる……。ずっと一緒には、いられない」
震える声で告げる。
大人になるまでついてこられたら、私の今世ずっと黒歴史と手を繋いで生きることが確定してしまう。絶対に逃げなければならない。
しかし、攻略対象たちだってもう高校生になるわけだ。子供じゃない。話せばわかってくれるはずだ。
「そんなことない!」
そんな私の考えは、力強い柊木悠真の一言で粉砕されてしまった。
「世間一般的にはそうかもしれないけど、なにもそれに合わせる必要なんてどこにもないんだよ。ボク達は、キミと一緒にいたいって思ってる。その気持ちがある限り、絶対に途切れたりしない」
死刑宣告かな?
「そうだよ、ちぃちゃんはちょっと、心配性だよね。そこも可愛いけど」
「俺のしてェことは俺が決めンだから、外野にとやかく言われてもしらねェよ」
「珍しく玲児がまともなことを言っているな……。千代、そう不安がるな」
「そうだよ! 僕たちの絆は、絶対誰にも壊せないんだから!」
私が皆との縁が切れる未来を不安がっていると、そう誤解しているらしい攻略対象たちが、口々に私を励まそうとしている。
ありがとう。迷惑だよ。
「だから……ね? 千代ちゃん。安心して、一緒にいよう? この世界のこと、好きになって、幸せになろう?」
ヴァイオレットの瞳に、とろとろとした光が宿っている。
その瞳をじっと見つめた後、逃れられないと察した私は、静かに天井を仰いだ。
ああ……。もう誰でもいいから、この世界を滅ぼしてくれ……。
心の底からの痛切な願いは、誰に届くこともなく、空気の中に、霧散した。
こちらで一区切りとなります。
と、同時に本来用意していた応募用の原稿での内容が終わりました。こちらは元は10万字程度でここまでの内容を書いた作品でした。
ですが、所謂ゲーム本編内容を読みたくてお付き合いいただいている読者の方が多いのでは?と改めて考えましたので、ここから先も頑張って書いてみようと思っています。
ストックが完全に尽きてしまった状態ですので、もしかすると更新できない日も出てきてしまうかもしれませんが、宜しければ今後もお付き合いいただけると幸いです。
また、今までにブックマーク、評価、リアクション等をいただいた方々、大変ありがとうございました。モチベーションになっております。
この場を借りて御礼させていただきます。本当にありがとうございました。これから先もお楽しみいただけるよう、精進して参ります。




