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第104話 追いかけてくる過去(黒歴史)。

 そうだ、家を出よう。


 ふと私は思いついた。というか、もっと早く思いついても良かった気がする。


 だがまあ、時期的には今がギリギリ実現できるようになる頃だし、結果は変わらなかっただろう。


 チキンが過ぎて、何度目かの世界からの別離に失敗した私は、これ以上の精神的負担から逃れようと思った結果……実家から出るのが一番ではないかという結論にたどり着いた。


 勿論、この世界で生きている限り、私が黒歴史から逃れられることはない……苦痛は続くだろう。しかし、目の前でスチルやイベントの再現をされるよりはよっぽどマシなのではないかと思ったのだ。


 しかし、柊木悠真の側から離れるというのは、この世界を滅ぼすのを諦めるということにもなる。


 でももう単純に私の胃が限界なんだよね!


 ならば、ヒロインが出現する高校入学の時期に合わせて家を出て、どうしても世界を滅ぼすのを諦めきれなければ、攻略対象たちの関心が完全にヒロインに移るのを待った方が賢いと思ったのだ。


 両親には、勿論反対された。そもそもどうして一人暮らしをする必要があるのかと問われたし、高校生が一人暮らしだなんて早すぎるとも言われた。普段ゆるふわしているくせに、肝心なところではしっかりしている。


 私はもうとにかくパッションで押しまくった。押して、押して、押しまくった。何を言ったのか、もう自分でも覚えていないくらいだったが、気合だけはすさまじかったと思う。


 結果、最終的には泣き落としが効いたらしく、何とか許可が下りた。一度ストレス性胃腸炎になっていたこともあり、実家にいたらまた倒れると脅したのも良かったようだ。本当にすまない。


 実家さえ出られれば、親戚の家に預けられるでもなんでもよかったのだが、結局家賃の一部はアルバイト代から払うこととは言われたものの、学業に支障が出ない程度にしなさいとのことで、残りは両親が払ってくれることになった。本当に申し訳がないが、将来稼いで返そうと思う。


 そういうわけで、高校入学前に、引っ越しをすることになった。


 気分は爽快、晴れやかな気持ちで胸がいっぱいだった。


 ああ、空が青いなあ。……べた塗だけど。


 いつもだったら嫌な気持ちになっているはずの空が、何だか今日の私にはとても良いもののように見えた。




「じゃあ……また」


 荷物をすべて運び終えて、新しい自分の城を作り上げた私は、ハイテンションのまま両親を部屋から送り出す。


 ずっと心配そうな顔をしていた両親は、私がいつになく上機嫌なのを見て、やっと安心したような表情になった。


「またすぐに見に来るからね。一人で生活できそうにないって判断したら、すぐに連れ戻すからね」


 母は珍しく厳しい表情を作ってそう言ったが、安心してほしい。こちとら前世でアラサーだったのだ。一人暮らしには慣れている。


 うんうん頷いていると、「まったくもう」とため息を吐かれたが、よほど私の機嫌が良いのが伝わっているのか、そのうち母もニッコリと笑った。


「じゃあ、お母さんたちは行くけど……あんまり迷惑かけちゃだめよ」

「うん」

「元気でな」


 二人の背中を見送って、私は一人部屋に入り……飛び上がって喜んだ。


「これで胃痛とは、おさらば……!」


 正確にはおさらばはできないのだが、今までとは比較にならないほどストレスが減るのは間違いないだろう。だってストレス源がいないのだから。


 テンションが上がって美味しいものを作ろうとしたら、明らかに一人では食べきれない量の料理が出来上がってしまった。


 冷凍するか……。


 そう考えていると、不意にインターフォンが鳴った。


 何か頼んでいただろうかと首を傾げながら画面を見て……さっと血の気が引いていくのを感じた。


 何かの見間違いであってくれ……!


 願いをかけながら、勢いよく玄関の扉を開ける。


 そこには……蕎麦を手に盛った、柊木悠真の姿があった。


「千代ちゃん」


 口をパクパクさせている私が見えていないように、自然と微笑む柊木悠真は、手にしていた蕎麦をこちらに手渡してきた。


「はい、これ、引っ越し蕎麦! 元々仲良しだけど、形式的に引っ越しのご挨拶はしておいた方がいいかなあと思って持ってきたんだ」


 ぶわっと全身から汗が噴き出たのを感じる。と同時に、家を出るときの母の言葉が気になったことを思い出した。


 そういえば母……「あんまり迷惑かけちゃだめよ」って言ってなかったか? 近隣住民とか、新しい学校とか、いくらでも説明はつくかと思ってスルーしてたけど、まさか……!


 嫌な予感に身を震わせる私に、更に新たな声がかかる。


「ちぃちゃん、もしかしてもう片付け終わったの? オレ、まだこれからだよ」


 柊木悠真の後ろから、キラキラした笑顔の桐原陽太が顔をのぞかせる。


「マジ? 俺全然片付かねェから、千代やってくんねェ?」


 姿は見えないけれど、蓮実玲児の声がして。


「おい、そうやってすぐ人にやらせとようとするな。少しは自分でやらないか」


 水瀬慧斗の声もする。


「いいなあー、一人暮らし。それもみんなで同じアパートでさあ。僕も絶対高校生になったらこのアパート引っ越してくる!」


 ふくれっ面をした百田七緒が、ぐいぐいと柊木悠真の腕を引っ張っている。


 ぜ、ぜ、ぜ……。


 全員集合してるんですけど……!


 私はあまりの衝撃に……久しぶりに、その場で気を失った。


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