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第101話 アホの語彙でも人は死ぬ。

 どうやったらこの世界から逃れられるのだろうか。


 私はベッドの上で寝ころび、天井を見上げながら、全ての思考を放棄しようとしていた。


 伸ばした腕を、重力に従いだらりと垂れさせる。


 なんかもう、本当に何もしたくないんだが……。


 目を閉じると、脳裏に浮かぶのは……告白スチル再現シーンの数々……。


 悪夢である。


 猛烈に痛む胃を抱え込み、横向きになって丸まる。


 ……痛い、痛いよ……! なんかもう物理的にも黒歴史的にも痛すぎて、嗚咽が止まらないよ……!


 何もかもがままならない現実に絶望していると、部屋の扉が勝手に開いた。


 こちらを見つめる瞳と、視線がかち合った。


「ちぃ姉、おなか痛いの?」


 心配そうな表情を浮かべた百田七緒が、ぱたぱたと足音を立ててベッドサイドに駆け寄ってきて、私の顔を覗き込んだ。


「……ノック」


 ちょっとこの男ノックなしで部屋に入ってきませんでしたか? プライバシーの侵害なんですけど。


「あ、ごめん。うっかりしてた。でもいいじゃん、俺たちの仲でしょ」


 どんな仲だよ……。というか、どんな仲でもノックはしろよ、親しき中にも礼儀ありという言葉があるだろうが。


「それより、大丈夫? お腹さする?」


 やめてください死んでしまいます。追い打ちをかけに来ないでください。


 っていうか百田七緒ももう中学生なんだから、そんなに気軽に異性に触らないようにした方が良いと思うよ!


 私が激しく首を横に振ると、百田七緒は「そう?」と若干納得いかなさそうな表情を浮かべてはいたものの、なんとか引き下がってくれた。


「でも……ついにこの時が来ちゃったんだね」


 囁くような小さな声で、百田七緒が言う。


 その言葉の意味が分からず、私は首を傾げて見せた。


「告白フィーバーの時が……!」


 ……キミの語彙がアホだと、私の語彙がアホのそれなんだってばれちゃうから、やめてくれないかな。


「フィーバー……」


 アホを見る目で百田七緒を見つめたのだが、彼はそんな私に視線には気が付かないようで、ふんと鼻を鳴らしながら、両手を握って語り始めた。


「高校生になったら解禁って約束だったのに、悠にぃが先走っちゃったからには、もうみんな我慢しないでしょ! ってことで、告白祭りだったんじゃない?」


 本当に何の話をしているのか理解したくないんだけど、告白祭りも語彙がやたらアホで泣けてくるな。


 明後日の方向を見つめながら思考を飛ばしていると、百田七緒に両手で頬を挟み込まれ、強制的に目を合わされてしまった。


 どこからか流れだす百田七緒のBGMに、意識が遠のく感覚がする。


「ちぃ姉。まず先に言わなきゃいけないのは、僕がちぃ姉にすごく感謝してるってことなんだ。出会った時……ちぃ姉は、僕の誘拐事件に巻き込まれて、知らない場所に連れてこられてて、そこには怖いおばさんがいて……。でもずっと、僕に優しくしてくれてた」


 誘拐したのは実質私だから、そりゃそうだよね。


「僕が怖い思いをしないように、『まだ寝てて』って優しく声をかけてくれて、怖いものを見ないようにしてくれた。おばさんが、意味の分からない言葉を吐きながら、怖いことをしようとした時も……ちぃ姉は、僕を守って、前に出てくれた」


 おばさんの言葉も私の語彙だし、守ったわけじゃなくて都合の良い人生の終わらせ方に飛びついただけなんだよなあ。


「すごく、凄く格好良くて……絵本に出てくる、王子様みたいだった……!」


 やっぱり私が王子なんかーい。


 百田七緒は本来、ヒロインの告白シーンで「お姫様」と声をかけるタイプのチャラ男に成長するはずの男だ。それが、何の因果かお姫様男に育ってしまった。本当にどうして。


 私が書いたシナリオから外れてくれるのならば嬉しいが、告白の台詞をアレンジした程度の変更では、私の胃を守るのにはとても足りなかった。


「ちぃ姉。ちぃ姉は僕の、王子様なんだよ! だから、ちぃ姉が困った時は、次は僕が助けたいし、ずっとずっと一緒にいたいんだ!」


 百田七緒は顔いっぱいに笑顔を浮かべてそう言った。


 そして私は泣いた。


 馬鹿野郎、攻略対象の告白シーン再現スチルをフルコンプさせてるんじゃねえよ。


 ずっときついきついと思ってはいたが、ここに来て、本当に逃げ場があの世にしかないと思わせるような怒涛のスチル回収。私の心は限界を訴えていた。


 今からでも柊木悠真の闇の能力を奪い取れたりしないかな……。


 もし、私が柊木悠真と同じ力を持っていたとしたら、こんなに苦しむこともなく、全ての物事がなかったことになるはずなのに。


 ここまでくると、もう消すだけじゃ心が収まらない気すらする。この世界を引き裂きたい。黒歴史ノートを引き裂くみたいに。


「ちぃ姉、泣いてるの? 感激屋さんだなあ」


 ほわほわしたオーラを出してきてるけど、全然違うから。心の底からの苦痛を訴えてる涙だからこれ。


 ようやく解放された顔を下に向けると、勝手に目から水が次々と流れ出てきて、余計に悲しい気持ちになる。


「皆から気持ちを伝えられたら、ちぃ姉優しいから、絶対悩んじゃうとは思ったんだ。でもさ、それでも、どうしても後から後悔したくないって、そう思っちゃったんだ。……ごめんね?」


 小首を傾げて謝罪するその仕草は、百田七緒の癖として決めていた仕草そのもので、私は吐き気がこみあげてくるのを感じた。


 慌てて口元を手で押さえる。


「やっぱり、悩んでたんだね。……ごめん。でもさ、一つだけ、覚えていて欲しいことがあるんだ」


 百田七緒は、不意に真剣な表情になり、コホンと一つ咳払いをした。


「あのね……ちぃ姉が誰を選んでも……もしも誰も選ばなくても! 僕たちは変わらないよ。変わらずちぃ姉の側にいるし、変わらずちぃ姉が好きだよ。そりゃ、ちょっとは気まずくなったりはするかもしれないけどさ……。それでも、僕たちの関係は、いまさら壊れたりしないってことだけは、断言できる! だからさ、そんなに悩まないで!」


 お前、もしかして悪魔か……?


 百田七緒があまりにも恐ろしいことを言い出したせいで、私は涙が引っ込み、思わず真顔になってしまった。まあ大体いつも真顔ではあるんだけど。


 えっ、っていうか、全員お断りしても変わらず周囲に攻略対象たちがいるんですか? 好意を向けられてしまうんですか? それなんて地獄。


 黒歴史は続くよどこまでもってことなのか? 私に安寧の地はないという宣言なのか?


 あまりにも無慈悲な百田七緒の言葉がショックすぎて、一向に言葉が出てこない。


 喉に張り付いた「やめてください」の言葉を、吐き出そうと頑張っていると、不意に、百田七緒に抱き寄せられた。


「大丈夫……大丈夫だよ……」


 何も大丈夫じゃなくて号泣し始めてしまった。あまりにも現世が辛すぎる。


 というかあんまりベタベタ触らないでほしい。


 攻略対象たちとは大体小学生頃からの付き合いのせいか、割と軽率に触れ合うことがあるのだけれど、そのたびにめちゃくちゃ体が拒絶を示していて、服の下では大体鳥肌が立っているのである。


 やっぱり、自分が作ったキャラとの触れ合い、私は絶対に無理派だ。


 解放を望んで百田七緒の腕の中で暴れていると、流石に気が付いたのかやっと体を離してもらえた。


「落ち着いた?」


 いや、逆に鳥肌がフィーバーしてる


 咄嗟にフィーバーという言葉が出てきたせいで、やはり百田七緒の語彙力はまんま私の語彙力なんだなと実感してしまった。辛い。


「ふふ……でも、明日からちょっと大変だね」


 やけに楽し気な様子の百田七緒が、そんな風に言い出した。


 大変? 既に異様なほど大変な思いをしているんですが、これ以上に私を苦しめる何かがあるっていうんですか?


 首を傾げると、百田七緒はコロコロと笑いながら、「そんなの決まっているじゃない!」と両手を広げて見せた。わあ……そのポーズ、お寿司屋さんのCMで見た。


「全員告白しちゃったんなら、あとはアプローチするしかないよね?」


 拝啓お父さん、お母さん、娘は手を尽くしましたが、もう無理っぽいです。探さないでください。


 百田七緒が帰った後、スマホに「楽になれる方法を教えて」と語りかけたら、自殺対策の電話相談窓口を紹介された。


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