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第100話 私は幼馴染カプが、死んでも、好きだ。

 自分の時間が持てるうちが最後のチャンスだという気がしてきた。


 最近のマイブームは、「自殺 楽に死ねる」という検索ワードでネットの海を泳ぐことになりつつある。


 攻略対象二人に告白まがいのことをされ、追い詰められて逃げ出した先で、攻略できないはずの男に「お前の命はオレが好きにする」的なことを言われて泣いてしまった。


 今すぐ殺すと言われればまだましだったものを、勝手に死なないように管理する方向の話だったので、世界を滅ぼせない場合の最後の逃げ道がふさがれそうな予感に、動悸が止まらない。


 監視の目がないうちに、どうにかして死ぬ以外ない気がしてきたわけである。


「……千代?」


 死んだ目で、図書館の物騒なタイトルの本棚を漁っていると、背後から推し声優の声がして咄嗟に反応してしまった。


 声は……声だけは推しなんだよなあ!


 だからこそ、こんなに苦しんでいるともいうのだが。


 振り返った先にいた水瀬慧斗の顔を見て、私は深いため息をこぼした。



「随分お疲れだな」


 いつかの柊木悠真を思い起こさせるような、能面のような無表情で、水瀬慧斗は言った。


 こうして見ていると、水瀬慧斗は柊木悠真にキャラ被りをしていて、翠斗の方は蓮実玲児とキャラ被りをしているように思う。


 キャラクター作りの才能がなさ過ぎていっそ哀れだな……。


「そんなに悩んでいるのか」


 私が手にしていた『解脱 ~すべての苦しみから逃れる方法』というタイトルの本を流し見て、水瀬慧斗は首を傾げた。


 プライバシーの侵害ですよ。


「別に……」


 水瀬慧斗は、本来ならば蓮実玲児とは常に張り詰めた空気で相対するはずであり、その相性は最悪だったと言っていいだろう。


 水瀬慧斗は蓮実玲児を蛇蝎のごとく嫌っていたし、蓮実玲児も敵意を向けられて黙っているタイプではない。部室で顔を合わせるたびに、一触即発の状態になっていた。


 その原因は、本来、水瀬慧斗が自分のもう一つの人格……翠斗の存在を嫌悪していたことからくる。


 ……はずなんだけど、何かこの二人、喧嘩はするけど喧嘩するほど仲が良い的な感じに見えるんだよね……?


 恐らく、特異点である柊木悠真が、彼らのかけ橋の役割をしてしまったことで、キャラ被り……。もとい、お互いの類似点が、反発するものではなく、わかりあえるものに変化してしまったのだろう。


 つまり、何が言いたいかというと……。


 多分、蓮実玲児と水瀬慧斗の間で、私の情報筒抜けになってるんだよね……!


 何で犬猿の仲だった奴らがタッグ組んでるんだよ。


「正直俺には、何故お前がそこまで悩む必要があるのか、全くわからない」


 水瀬慧斗の言葉に、思考が現在に引き戻された。


「業……」


 そう、前世からの私の業が、今の私を窮地に立たせているんだよ。わかるかな。わかるわけないか。わかられたらそれはそれで終わりだしな。


「お前に一体どんな業があるっていうんだ」

「言えない……」


 言えるわけがない、お前らを生み出した業ですだなんて……!


「……そうか、いや、無理に聞き出す気はないんだ」


 そうしていただけると非常に助かる。


「ただオレが言いたいのは……お前が自分をどう思っていようとも、変わらずお前のことが好きだということなんだ」


 ……何か今一瞬聞き逃せない言葉があった気がするんだけど、まあ多分気のせいだろう。友情に篤いやつになったんだ、水瀬慧斗は。


 受け入れたくない言葉をなかったことにしようと思ったのだが、水瀬慧斗はそれを許してはくれないのか、言葉を続けた。


「お前は俺を、おかしくないと言ってくれた。どんな俺でも、懸命に生きてきた結果なのだと、諭してくれた。だから俺は、おかしな自分を自然に受け入れることができた……」


 無理やり納自分を騙そうとしていたのに、どこからか水瀬慧斗のテーマBGMが聞こえてくる。


 ああ、もう、終わりだ。


 遠くを見つめながら、私は処刑台に立った罪人のように沙汰を待つ。


 もしかして、攻略キャラのテーマBGMって、処刑BGMって意味なんだろうか。


 水瀬慧斗は、表情こそは変わらないものの、真摯な眼差しをじっとこちらに向けて、私の手を取り跪いた。


「千代、お前も同じだ。お前にどんな隠された何かがあっても、それはお前が懸命に生きた証だ。だから俺は、どんなお前でも受け入れると誓う。どんなお前も、好きだと断言できる。だから……どうか、自分を追い詰めないでくれ」


 どうして全員告白スチルはどアッププラスヒロインの体の一部なんて縛りでスチルを用意してしまったんだろうか……。もうバリュエーションがなくなってきて、日常ではまずありえない「跪く」コマンド出てきちゃってるじゃん……。


 空虚である。


 私は虚脱感を訴える体になんとか鞭をうって、そっと水瀬慧斗の手の中から自分の手を引き抜いた。すると、それに合わせるように水瀬慧斗は立ち上がる。


「もしかするとこの言葉も、余計にお前を追い詰めてしまうのだろうか……」


 そう思うんなら黙っていて欲しかったんですけどね!


 というか、あの、本当に言っている内容に心当たりがないんですよね……。


 私、「水瀬慧斗の全部を受け入れるよ!」みたいなこと言ったことあったかな。ないと思うよ。たぶんそれ、勘違いだよ。


 だとすれば、私に向けられた行為そのものも勘違いということになるのではないだろうか。


 そう思うと、急に心が元気になってくるのを感じた。


 やったー! 地獄の展開から抜けられるかも!


「勘違い、だよ……。私、何も……。何もして、ない」


 ふるふる首を横に振ると、水瀬慧斗は「千代……」と目を細めて、再び口を開いた。


「千代、俺が言いたいのは、勘違いでも、何も関係ないってことなんだ」


 え⁉︎ な、なんで……私を解放してくれるんじゃ、ないんですか⁉︎


「もし、お前が俺に言ってくれた言葉が、何かの勘違いから生まれたものだとしても、関係ない。だってあれは、俺がお前を人間として好きになった瞬間なんだ。お前に興味をもったきっかけっに過ぎないんだ。だけど、それから今日まで一緒に過ごしてきて……。その毎日の中で、少しずつ築き上げた絆が、感情が、今の俺にはある」


 ジワリと嫌な汗をかく感覚がした。


「最初がもし、何かの勘違いだったとしても。千代が俺に、何もしていないと言っても。千代と一緒に過ごしてきた時間が、今の俺にとって一番大切なものなんだ。これが、好きってことなんだと、俺は思ってる。……違うか?」


 突然だが、私は幼馴染カプが好きだ。人によって萌えるポイントというのは変わってくるものだと思うが、私は「想ってきた時間の長さ」に萌えを見出すタイプのオタクだった。


 その時間の中に、いくらでも妄想を生み出すことができたからだ。


 けれど、残念ながら二次元において幼馴染であることは、ステータスであるとともに「負けフラグ」でもあるという風潮もあるように思う。しかし、乙女ゲームならば、明らかに負けフラグが立っているような幼馴染でも攻略することができる。


 自分の手で推しカプを、くっつけることができるのだ。


 ……っていう私の嗜好が、ここに来て私自身を追い詰めている……!


 水瀬慧斗が語ったのは、私の萌えである。つまり……私に彼の言葉を否定することは、決してできないのだ。


 何故なら私は……オタクだから!


「……ソウダネ!」


 やけくそになった私の小さな叫び声が、並び立つ本に吸収されて、消えていった。



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