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第9話 柊木悠真:冷たい世界

 悠真の人生は、孤独と願いに彩られた、寒々しいものだった。


 闇の力を持って生まれた彼は、本人の意思とは関係なく、母の命を奪う羽目になった。一族の中に一人だけ、闇の力を持ったものは生まれる。そして、その力は、新たな力の継承者が現れると、以前の力の持ち主の生命を吸って、より強大になるのだ。そうやって、柊木の一族は脈々と能力を継承してきた。


 悠真も例にもれず、生まれ落ちたその瞬間から、母の生命を吸って育った。柊木の一族は、能力の継承を最優先とするため、以前の能力者の生命が失われることを、自然の道理として受け入れてきた。そうして、新たに生まれた子供に願うのだ。


 どうか、この世界に終焉を、と。


 柊木の一族は能力を強化することで、世界を終わりに導くものが誕生するのを、待っているのだ。それは、柊木の遠い先祖が望んだ願いであり、柊木の一族はただ従順に、その願いを叶えるために生き続けている。もしかするとそれは、願いというより、呪いなのかもしれない。半ば洗脳のように、幼少から刻み込まれてきたその願いを叶えるために、彼らは傀儡として生き続けているのだから。


「お前は世界を壊すために生まれてきた」


 父は冷たい目で悠真を見て、そう言った。


 それだけのために生きなさい、と言った。だから悠真には、最低限生き続けるのに必要な衣食住以外は、何も与えられなかった。どうせ必要なくなるのだから。


「呪いなさい、悠真。この世界こそが、お前に苦痛を与えている。生に意味などない。何も求めるな、何も知るな、孤独であれ。そしてそのまま――死んでくれ」


 父の願いに、悠真は虚ろな瞳で頷く。それこそが、自分に課せられた使命なのだと、疑わなかった。

しかしある時、彼に変化が訪れる。それは、悠真が家の中にある書庫に、偶然迷いこんでしまったからだった。


広大な柊木の屋敷の中の、碌に管理もされていない書庫には、悠真の知らなくていい世界が詰め込まれていた。生来の賢さから、自然とひらがなを読むことができるようになった悠真は、辞書を片手に寝食も忘れて数々の本を読みこんだ。特に気に入ったのは、冒険活劇だった。


物語の中で、数々の困難を乗り越え成長していく主人公たちの姿、仲間たちと築いた熱い絆に、胸を熱くしている自分に気がついて、悠真は深く後悔した。


 ああ、ボクは馬鹿だ。父の言う通り、何も知らずにいれば、ボクはただ、何も考えずに、世界を壊すためだけに存在しているのだと、受け入れていられていたのに。ボクはこれを、羨ましいと思ってしまった。ボクにもこういう繋がりが、絆が欲しいと、思ってしまった。ああ、父が僕に孤独であれと願ったのは、こういうことか。


 賢く生まれてしまった悠真は、父の言葉の真意を悟ってしまった。それが、世界を壊すことに、邪魔になる感情であることに、すぐに気が付いたのだ。


 ボクは、孤独でなくてはいけない。


 悠真は、心を閉ざした。父の願いに従順であろうとした。


心を閉ざすことで、自分の周囲からどんどん人がいなくなっていくと、彼は心底安堵した。


 ああ、そうだ。人間なんてこんなものだ。これでいい、これで――。ボクは容赦なく、この世界を壊せる。


 世界を壊したあと、たった一人になる自分の姿を想像して、彼は小さく笑った。それは、自分をあざ笑うものだった。




 静かな彼の世界を壊したのは、これもまた静かな少女だった。


 ただ黙って自分の隣に居続けるだけの少女に、悠真は問いかける。


「ちよちゃんも、きらいなの?」


 この世界が。


以前に聞いた質問の続きだと、気が付いたのだろう。言外の言葉を、千代は見事に汲み取ったのだ。

彼女はこくりと小さく頷いた。


「どうして?」


 悠真の瞳に、好奇心の光が宿る。自分以外の子供が、どういう経緯でそう思うようになったのか、純粋な興味がわいたのだ。


 千代は、悠真の瞳から視線を逸らして、ゆっくりと瞬きをした。それは、涙をこらえている仕草にも見えた。


「……生きているのが、辛いから」


 悠真はその言葉にはっとして、千代の横顔をじっと見つめる。


 この子は、ボクと同じなんじゃないだろうか。


 悠真は、そんな風に思った。


 この子もきっと、ボクと同じように、ままならない現実に絶望しているんだ。それがどんな事情によるものかは分からないけれど、無理やり聞き出すのはあまりにも無神経だろう。


 悠真は、訳知り顔で頷く。そして、内緒話をするように、そっと顔を近づけた。


「ボクもね、おんなじなんだ」


 悠真の言葉に、千代は悲し気に微笑んだ。そして、優しく悠真の手を握った。


「ごめんね……」


 悠真は、再び千代によって困惑することとなった。


 どうして彼女は、ボクに謝ったんだろう。


 その疑問を、苦しそうに眉を歪める彼女にぶつけることは、なんとなくためらわれた。ただずっと、彼女が握ってくれていた手の温もりだけが、悠真の意識に刻み込まれた。


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