探求者
「風が泣いてるわ………」
4人が足を止めると、エルムが見えるはずのない空を仰ぎ、呟く。
「エルム、ほらっ、多分ここ開けたら敵いるし、後ろ下がってたほうがいいかな………」
「感じるわ、胎動を………落とし子の産声が聞こえる………」
「んっ、もう引っ込みつかなくなってる。さっさと終わらせる以外、正気に戻す手段は皆無」
ミナトはハハッと乾いた笑いを漏らすと、目の前の鉄扉に視線を移す。
分厚く、大きく、熱を持たぬ武骨な鉄の塊は、侵入者の意志を見定めるようにただ内と外を隔てる。
「はぁ、何がいるか分かんねえのに、呑気なもんだよな。まっ、何時間も似たような景色ばっか見て、ようやくメインディッシュだ。半端は無しだ、はなから全力で行くぜ、ミナト!!」
「はいっ!!」
デボラの太く逞しい足が鉄扉を蹴り飛ばすと、隔絶された二つの世界が繋がり、ピリピリと肌がひりつく。
「ようこそ我が探求の間へ。待ちくたびれたぞ、強き者よ」
玄室を思わせる厳かな一室に、濃い紫に染め上げられたローブに身を包んだ老人が一人佇む。
部屋は広く天井は高いが、その空白を埋めるように錬金術に使われるような奇怪な器具が所狭しと並び、それと同量の書物が雑然と積み上げられている。
しかし、それよりも目を引くのは、最奥部に王冠のように飾られた卵の殻のような巨大な装置だろう。半透明な皮膜の内側は粘土の高い液体で満たされており、振動に踊るようにゆらゆらと表面を揺らしている。
卵の中には黒ずんだ人型の何かが、母の子宮で揺蕩う赤子のように丸まり、時折ピクピクと手足を動かす。
「よう、一人かい、こんな立派な迷宮の主にしちゃ、少し警備がなってないんじゃないのか?」
「気遣い感謝する。しかし、警護は不要だ。いや、今のは正しい物言いとは言い難いな。余計な邪魔者は不要だ、とでも言っておこうか。おっと、つまらぬ無粋は止めてくれないか。私は互いをよく理解したいのだよ。どのようなくだらない者にも、歴史があり、今があり、矜持がある。それを聞かずして、命のやり取りに興じるようでは、獣の縄張り争いにも劣る、そう思わないかね?」
ローブの老人はミナトが投擲した投げナイフをつまみ上げ、そっと机のうえに置く。
「人………じゃねえよな。エルダーリッチか、カースドウィッチか。どっちにしろ、楽しめそうだ」
デボラが額の汗を拭う。
その姿を見て、ミナトは強く奥歯を噛みしめ、剣の柄に手をかける。
冒険者の最高位、幾万人に一人しかたどり着けない人類の切り札、竜鱗旧冒険者。オリハルコンの階級に位置しながら、実力は竜鱗級に匹敵すると言われるデボラが、このしわがれた声の老人に気圧されているという事実に戦意が挫けそうになる。
「私の名はエクリウス、理を探求し、抗う者。しかし、名になど、いかほどの意味もないのだよ。名は何も表さない。重要なのは私が、そして君達が何に興味を持ち、何を為そうとしているのか、それだけだ。君達は近隣のゴブリンの首魁たる私を殺すためにここに来た、そう理解してよいかね」
「ああ、それでいいぜ」
「ならば話が早い。君たちが振るう剣の軌跡、唱える魔法が作り出す奇跡は、万の言葉よりも雄弁に人となりを語ってくれるだろうからね。ふむ、せっかく命を賭して語り合うというのに、ここでは少々格好がつかないな。少しだけ気分を悪くするかもしれないが、我慢してくれるかい」
「なっ!!」
エクリウスと名乗る老人が机のうえの首飾りに手を乗せると、フワリとした浮遊感が肉体を覆い、次の瞬間、だだっ広い円形闘技場のような空間に放り出される。
「なんだぁ!?転移魔法ってやつは何でもありかよ!!」
「そんなわけないでしょ。転移魔法はあくまで座標をずらすだけの魔法。しかも、移動を目的とした魔法式なら、同じ場所にさえいれば私達を傷つけることも、引き離すことも出来ないはずよ」
「んっ、混乱から復活した」
「リオ、エルムを頼んだよ」
ミナトは剣を鞘から抜き放ち、ゆっくりと構えた。その切っ先の延長線上には、不敵な笑みを浮かべるエクリウスの姿があった。
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次回、ようやく戦闘開始です!!




