嘘
「エッダ、どうする、ゴブリン共の勢いが収まらないぞっ!!」
「柵が破られたっ、早く塞がないと内側から食い破られる!!」
「もう矢が尽きそうだ」
「エッダ!!どうすりゃいい、指示をくれ!!」
応じる間もなく次々ともたらされる凶報に、村長であるエッダは返す言葉を紡げずにいた。
(どうすれば、このままじゃあ、村が………子ども達が………)
弓の弦から指が離れ、思考を恐怖が塗り潰していく。
不意にぐらりと櫓が揺れ、エッダは我に返ったように下を覗き込む。視線の先には支柱を掴み、櫓の上の獲物に狙い定めるホブゴブリンの姿。
櫓から大きく身を乗り出し、真下に向かって弓を引き絞ると、数瞬前よりも大きな振動が肉体から平行感覚を奪い、何が起こったのか理解すら出来ないまま地面に叩きつけられる。
胸を貫くような衝撃に肺が呼吸を拒絶し、細胞の一片に至るまで全ての酸素が吐き出され、脳が酩酊する。
目の前には大口を開けて嗤うホブゴブリンの顔があり、その目にナイフを刺すべく右手に動けと命令するが、神経が遮断されたかの如く指先は力なく伸びきっている。
ブツリ
「……………ゥッ!!!」
ホブゴブリンの歯が左肩に突き立てられ、エッダが身体に残った最後の一呼吸を声なき悲鳴に変える。
(あれ…死ぬのかな……ごめん、皆んな………私なんかについて来たからこんな事に………)
ズシャ
肉を切り裂く音。
瞬間、歯が強く肩に喰い込むが、すぐにその圧力は弱まり、重力に逆らえなくなったホブゴブリンの肉体はエッダに覆いかぶさるように倒れる。
「立てるかい?」
聞き覚えのある声。
エッダの視野を塞ぐホブゴブリンの死体が蹴り剥がされ、腕を掴まれ引き起こされる。
「お前は………」
「喋らなくていいよ、生きてるなら今は立つ事だけを考えて。奴らは弱い者から襲う。立って武器を構えていれば、仲間が集まって勝てると思うまで待つくらいには頭が回るんだ」
エッダを助けた少年………ミナトはエッダの身体を支えながら、ホブゴブリンの頭部を踏みつけ自らの強さを取り囲むゴブリン達に誇示する。
ゴブリン達は子どものように華奢で小さなミナトの体躯と、そのミナトが強者であるはずのホブゴブリンを殺したという相反する事実に混乱し、ただ遠巻きに様子を窺っている。
「ボクの声が聞こえる人間は指示に従って!!矢が尽きた人は櫓から降りて、荷車でも何でもいいから柵が壊れた部分を塞ぐんだ!!まだ矢がある人間はとにかく敵を撃って!!それ以外の大人は何でもいいから武器を持って牽制するんだ!!外の敵はボクが引き付ける!!」
「………わ、わかった!!」
突如現れたミナトが発する言葉に動揺しつつも、自警団の男達は指示に従い防戦を継続する。
「逃がさないと……子ども達が………」
徐々にクリアになっていく視界の中で、エッダはうわ言のように繰り返す。
「皆んな、聞いてくれ!!こいつ等は自分が有利だと思っているうちは絶対に引かない。例えどれだけ仲間が死んでも、まだゴブリンの方が数が多ければ『間抜けな奴が死んだ』『これで自分の取り分が増える』程度にしか思わない。それに逃げることも不可能だ。森は奴らのテリトリー。夜目が効いて匂いにも鋭敏なこいつ等から、逃げ切ることは出来ない。死なないためには、先にこいつ等を殺しきるしかない!!死にたくなければ、大切な誰かを守りたければ死ぬ気で戦うんだ!!それしか道はない!!」
ミナトの叫びに呼応するように、村の中から弱々しい勝鬨が響く。
「歩ける?」
エッダはゆっくりと頷く。
「ボクは今からこいつ等に切り込んで一匹でも多く削る。なるべく目立つように暴れるから、しばらくは村の中に新手は現れないはずだ。君は中で指揮を執って。決して弱みを見せちゃダメだ、戦力的には十分に勝てる相手でも、心が折れれば負ける………そうなれば、村の人間は一人残らず全滅だからね」
ミナトの言葉にエッダはもう一度大きく頷き、ようやく動くようになった足で村の中に駆けていった。
「十分に勝てるか………ボクも嘘が上手くなったな」
ミナトは地面に横たわるホブゴブリンの首を一刀のもとに切り離すと、頭部を敵に向け蹴り飛ばす。それは敵への宣戦布告であり、同時に彼我の戦力差を覆い隠すための空疎な恫喝であった。
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私は逃げることも必死に戦う事も出来ず、なんとなく戦ってる感を出してる間に死ぬタイプだと思います。




