救いの手
「ミナトって言ったかしら。私はね、人をいたぶるのが大好きなの。絶対に勝ち目のない戦いなのに必死に抵抗する人間の姿が好き。籠城戦で門が破られた時に浮かべる絶望の表情が好き。家族を守ろうと自分を囮にして懸命に逃がそうとする哀れな姿が好き。親の前で一本ずつ指を落とされて早く死にたいって泣き叫ぶ可愛い我が子を、何もできないまま見つめるしかない無様な親の姿が好き。意地もプライドも守るべきものも捨てて、我先に逃げようとする利己的な姿も最高にチャーミング。でもね、そういうのはカロで飽きちゃったの」
アルベラは人差し指をミナトの口の中にいれ舌先をなぞると、唾液のついた指を自分の唇に当て、紅を引くように塗り広げる。
その人差し指には僅かに人の歯形のような跡が残っている。
「ふふっ、噛み癖があるの?躾甲斐がありそうね、楽しくなってきたかも。いいわ、私の元まで来られたご褒美に、飼い主になってあげる。貴方のその綺麗な瞳が絶望に濁るまで、何度でも屈辱と無力感を味合わせてあげるわ。試しに………………良いことを思いついた、戦いが始まる前に話をしてた魔法使いの女の子、あの子で遊ばせてあげる」
不吉な予感にミナトが表情を曇らせる。
「どんなのがお好みかしら。あの子の体を少しづつ刻んで、一口ずつ食べさせてあげる?それとも、死ぬまでゴブリンと交配させるショーが見たいかしら。いえ、何も知らないみたいな顔をして、経験豊富かもしれないから、オークくらい立派なモノのほうがあの子も喜ぶかしらね。交配ショーが終わって、死にたい殺してって泣き叫ぶあの子の体に、寄生バチの卵を産み付けるのも面白そう」
「やめろっ!!あの子は関係ない!!ボクを殺せばいいだろ!!」
「そうそう、それそれ。とってもセクシーで魅力的な表情。そそるわ。ここで食べちゃいたいくらい。だけど、一口で終わらせるのは勿体ないわね。決めた、あの子をここまで持ってきなさい。一緒に遊びましょう?」
アルベラがミナトの耳で囁き、そして耳たぶを軽く噛んだ。
数分もしないうちに先ほどの少女がミナトの前に連れてこられる。魔法詠唱者の命ともいえる杖は戯れに折られ、衣服は破られ、前歯は根元から一本残らず失われている。
アルベラは彼女にゆっくりと歩み寄り頬に手を当て、ニヤリと嗤った。
(助けたい………彼女を、皆を、この国の人達を。ボクを受け入れてくれたこの世界を)
(でも、ボクは無力だ。アルベラが目の前にいるのに、腕を動かすことすら出来ない)
(ボクはこの世界でも主人公じゃない。それは知ってる。それでも一人でも多くの人を救えるなら、僕は主人公じゃなくていい。もし異世界に神様がいるのなら、どうかボクの命と引き換えに、アルベラから世界を………)
「よく頑張ったね」
声がした。
絶望の沼に沈みそうなミナトの心を包み込む、優しく、力強い声。
不意にミナトを押さえつけていた圧力が消え、ドサリという音とともに悪魔の巨躯が地面に突っ伏し、そのまま灰となっていった。
ミナトは自由になった上半身を僅かに起こすと、声のした方を振り返る。
そこには竜燐の識別票を身に着けた、一人の美女の姿があった。
「だぁれ、新しいお客さん?ミナト、少しだけ待っててね。無粋な乱入者相手でも、ルールに基づいておもてなしするのが私の流儀なの」
ミナトにそう告げると、アルベラの身体は霧になり、再び小高い丘にポツンと置かれた椅子に座り直した。
「せっかく楽しんでたのに、挨拶もなしに酷いんじゃないかしら。せめて名乗ってもらえる?」
アルベラはどこからか現れた白銀の鎧に身を包んだ美女に向かい、友人のような気軽さで問いかける。
「貴方が六大魔公の一人、鮮血公『金色のアルベラ』ね。戦場に椅子を持ち出して観劇気分なんて、噂通り趣味が悪いのね。私は竜燐級冒険者『翠の音』のリーダー、アルテ。覚えておきなさい、貴方を倒す者の名よ」
アルテと名乗る女冒険者は鎧と同じく白銀に輝く剣を抜き放ち、その先をアルベラを向ける。
戦場に漂う瘴気を消し去るかのようなその光は、まさしく神の啓示そのものだった。
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