王女帰還
「ミナト様、それではご壮健で」
「シャルロッテも、またいつか会おう」
深紅の残光が平原に降り注ぎ、長い影を落とす。
既に馬には轡が嵌められ、いつでも出立することができる状況にあって、シャルロッテはじっとミナトの瞳を覗き込んだ。
「お別れですわね………ふふっ、湿っぽいのは嫌ですわ。ですので~、こちらっ!!最後の最後にお父様からお預かりした、建国祝いの品々をドドーンとお贈りいたしますの~!!」
号令一下、ミナトの視界に入らないよう巧みに配置された馬車が、一斉に姿を現す。旅の行商人が用いるよりも大きな幌馬車には、食料や酒、香辛料、絹を始めとした種々の布、繊細な意匠が施された武具、そして金銀がはちきれんばかりに詰め込まれている。
「うわぁ、今まで何処に隠してたの!?それに、こんなに貰っちゃって大丈夫!!馬車10台分以上あるけど………」
「オーホッホッホッホッ!!遠慮は無用ですの、馬車毎差し上げますわ!!それに、これだけではございません。今後もジェベル王国は通商、国防、祝祭に至るまで、シンギフ王国を全面的に支援いたしますわ。物や金銭に頼るだけでなく、美しく可憐でほんの少しヤンチャな王女を遣わすという形でも」
シャルロッテは頬を緩めると、僅かに顎を上げ襟元を正す。
「えっ、それって、もしかして………」
「ミナト様、あちらの馬車に刻まれた家紋をご覧くださいまし」
問いかけを逸らすように、シャルロッテは一台の馬車を指さす。交差する2本の白百合があしらわれたその家紋は、ミナトが硬貨などで目にするジェベル王家の物とは異なっている。
「家紋が他と違う。ジェベル王国の馬車じゃないってことは、おそらく敵。排除する」
「あぁん、お待ちくださいませ、あちらはワタクシからの贈り物ですわ」
「シャルロッテの?」
「ふふっ、先ほどは個人名のみ名乗りましたが、ワタクシの真の名は『シャルロッテ・クルブレール・アラロウス・フェティナ・テトニア・ドゥム・アウストリア・ジグムンド・ジェベル』と申しますの!!」
「長い、3文字以内で」
「ご無体!!そうですわね、クルブレール侯爵であり、アラロウス伯爵であり、フェティナ子爵であり、テトニア男爵であり、尊厳者初代ジェベルを継ぎしジグムンドの娘シャルロッテ、それがワタクシの名ですわ。つまりワタクシは第一王女にして、ジェベル王国で十指に入る所領を有する諸侯でもありますの!!そして、ワタクシの領土はカラムーンに程近い場所にございます」
シャルロッテが子猫のような笑みを浮かべると、夕日に照らされたミナトの頬が一層赤みを帯びた。
「じゃあ、これからも………」
「月1で、いえ、ミナト様がお望みとあらば、毎晩でもまかり越しますわ~!!憧れの通い妻ライフを満喫ですの~!!」
シャルロッテが今日一番の高笑いを上げ、同時に楽団が婚礼の儀に付き物の華やかな楽曲を奏でる。
「んっ、胸焼けするから、月1くらいで丁度いい」
「失礼だよ!!ボクはいつだって大歓迎さ!!国家運営なんて全然経験がないし、シャルロッテが来てくれるから心強いよ。本当に遊びに来てね!!」
「ふふっ、そう言ってくださるとワタクシも幸甚でございます。楽しい時間は矢のように過ぎ去りますわね。名残惜しくはありますが、そろそろお暇いたしますわ」
シャルロッテが頭を下げ、馬車に乗り込む。
朱に染まった草木が白銀に彩られた車体を覆い、遠ざかる一行を地平線に飲み込んでいく。
「行っちゃったね」
「変人の相手は疲れる」
フーッとわざとらしく息を吐き、リオが凝った肩をほぐすように上下させる。その動きに合わせて上下に揺れる双丘を目の当たりにし、ミナトは視線を中空に向ける。
「相手は王女様だよ!?個性的とか、オンリーワンとか、アバンギャルドとか、他の言い方あるでしょ!!」
「んっ、結論変わってない」
「はぁ、戻ってきて早々、騒がしいわね」
「この声は………」
景色を切り取ったかのような赤い霧が、一人の少女の形に集約していく。
「ナイスタイミング」
「少し前から観察してたのよ。あれがジェベル王国の第一王女ね。また変わったのばかりに好かれるわね、ミナトって」
「うぅ、否定はできないけど」
アルベラは再び霧となり、ミナトを背後から抱きしめる形で実体化する。
「ちょ、何するんだよ」
「ふふっ、邪魔者も消えたみたいだし、良いことしましょ?」
「良いことって………」
ミナトがまんざらでもない表情で背中越しに問いかける。
「決まってるでしょ………『く・に・づ・く・り』」
アルベラの言葉にミナトは現実に引き戻されたように、火照った頬を固く引き締めた。
大変お待たせしましたが、次回よりようやく………ようやく国造りが始まります!!
すでに投稿開始から1か月半くらい経つ気もしますが、カメの歩み寄りも遅い進みの本作を今後ともよろしくお願いいたします。




