領土
「それでは、具体的な話をいたしましょう。こちらをご覧ください」
シャルロッテが合図すると、フローネがテーブルからはみ出そうなほど大きな一枚の地図を広げる。地図にはジェベル王国を中心に、国境や周辺各国の主な都市、簡易な地形が描かれており、この世界に一般的に流通している子どもの落書きを思わせる地図もどきとは隔絶した精密さを誇っている。
「凄い、こんな詳細な地図は初めて見たよ」
「驚いて下さって光栄ですわ。我が国でも王族や一部の有力貴族のみが持つ、ジェベル王国の隠れた秘宝とも言うべき品です。こちらはミナト様に差し上げます」
「そんなに大事なものを?」
「はい、両国間の友誼の証だと思ってください。まずは、この地図に沿って国境を確認いたしますわ」
シャルロッテの細い指が地図上を一本の線を引くように動く。
「この度、ジェベル王国からシンギフ王国に割譲する領土は、端的に言えば王国民が退避した空白の地域でございます。先般の一件で壊滅した要塞都市カロを含め、国境沿いの大都市から小さな村落に至るまでジェベル王国の行政権が及ぶ全ての地域に、国王令として交易都市カラムーンよりも内側に移動するよう指示を出しております。もちろん住民の全員が退避令を受け入れたわけではありませんが、ジェベル王国としては現在シンギフ王国領に残っている住民は今後他国民として扱います。これが我が国の公式の見解となりますわ」
ミナトはシンギフ王国の領土となった地域を、自らの記憶に照らし合わせながら確認していく。
カラムーンを本拠地としていたこともあり、どれも馴染みのある場所ばかりではあるが、退避令が発せられた以上すでに往時の都市の姿はなく、悪魔の軍勢に無惨にも蹂躙された無人の廃墟が広がっているだけだろう。
「アルベラがカロに現れてからかなり猶予があったし、逃げる意思のある人は余程の事情がない限り国境沿いから移動しているはずだよね」
「仰る通りです。とは言いいましても、判断が遅れたことで未だにシンギフ王国領内に留まっており、情勢が落ち着いた今になって、やはりジェベル王国に退避したいと願いでる人々もいるかとは思いますわ。その方々は別途ワタクシが責任をもって対応したいと考えておりますが、いかがでしょうか?それとも人口の流出をご懸念であれば、国境を固く封鎖しシンギフ王国内に留めることも可能ではございますが」
「もし迷惑でないなら、ジェベル王国に戻りたい人は受け入れて上げて欲しい。ボクにはまだ取り残された人達を十分に食べさせるだけの財力も、安全を守るための兵力もないから。ただ、逆にシンギフ王国で一旗揚げたいって人がいたら、移住を許可してくれると嬉しいけど………そういうのって、大丈夫かな?」
「問題ございません。互いの民には、両国間の自由な移動を保証いたしましょう。それに伴う細かな取り決めについては、改めて後日文書にて案をお送りいたしますので、ご意見を賜れればと存じます」
「ありがとう、何から何まで。まだこういう政治的な事が全然わからなくて………それにさっきから王女様相手に、くだけた喋り方になっちゃってるね」
ミナトは申し訳なさそうな面持ちで、恐る恐るシャルロッテに視線を送る。
「ご懸念無用ですわ。ミナト様は王、ワタクシは王女。むしろ、ワタクシこそ様々な非礼を詫びなければならない立場でございますもの。しかし、些末な礼節を重んじるあまり、真に伝えなければならない言葉を飲み込むような事があっては、両国のためにはなりません。無礼を承知で申し上げますが、ミナト様にはご自身の気持ちを最も表現しやすい方法で、お話し頂きたいです。そして、これはただの我儘ですが、ワタクシのことは気軽にシャルロッテと呼んでくださると嬉しいですわ」
「………うん、そうだね。ありがとう、シャルロッテ」
「んっ、私のこともリオ殿じゃなくて、リオでいい。私もシャルロッテって呼ぶ」
「ふふっ、よろしくお願いいたしますわ、ミナト様、リオ」
シャルロッテは二人の名を呼ぶと、花が咲いたような愛らしい笑みを浮かべた。
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実際どれだけ危険であっても、すぐに自分の家や土地を捨てるのは難しいですよね




