雪原をゆく泥船
「あの………勘違いでしたら恥ずかしい限りなのですが、先ほども同じ景色を見たような………」
一面に広がる白銀の世界のなか、シャルロッテは案内役を買って出たデボラにおずおずと話しかける。
「あぁ、まぁお姫さんには違いは分かんねえだろうな。まっ、こう見えても元カラムーン冒険者ギルド長だ。この辺りなら目を瞑ってても歩けるぜ。泥船に乗ったつもりでいてくれや!!」
デボラは下手な冗談で問いに応じると、大きな掌で少女の背をバンバンと叩きながら大口を開けて笑った。
その呼気は多量のアルコールを含んでいたが、シャルロッテは新入りということもあり、「冒険者とはこういったものですのね!?」と自分を無理やり納得させ、足を雪から引き抜いた。
一度気持ちを落ち着けて視線を周囲に向けると、心が洗われるような大自然が視界に飛び込んでくる。 雪山用に整えた装備により身体が熱くなる一方で、肺を行き来する冬山の空気はどこまでも冷たく、その温度差が心地よく精神を解きほぐしていく。
「気持ちいいですわね」
「そうだね………」
誰に言うでもなく口から零れた言葉にミナトが反応する。
しかし、その声色は平素よりもやや弱々しく、足取りは軽快さを欠き、何より唇が真っ青だった。
「大丈夫ですか、やはり少し軽装なのでは………ワタクシの外套を一枚お貸しします」
「ああ、気を遣わないで、むしろ熱いくらいだから。ちょっと風景に見惚れててさ。綺麗だよね、本当に」
「なら良いのですが………」
シャルロッテは焦点の合わない瞳でガタガタと震えるミナトと、それに続く仲間達の服装をジッと見つめる。
(やっぱり、おかしいですわ!?)
叫びたくなる気持ちをグッと堪え、リオとアルベラの旅装を確認する。
いつも通りのミニスカートに、雪山でも肌艶を失わない生足。服の生地は夏物と変わらぬ薄さであり、申し訳程度の羽織った外套もファッション以外の用途は見当たらない。
(ですが、全てはワタクシのせい………あんな事さえ口にしなければ………)
シャルロッテは出発前のやり取りを思い出す。
『リオ様、アルベラ様、そのような軽装で雪山に向かわれるおつもりですか!? デボラ様のように雄大な体格をなされているならともかく、お二人の御体では衣服による防寒は必須かと心得ます。お二人よりも小柄なミナト様のように、しっかり対策をなさっては………』
迂闊な一言。
『お二人よりも小柄な』………この言葉が、男としてのミナトの無駄なプライドに火をつけることになったのだ。
『あ、ああ!!もちろんボクもこの格好で行くわけじゃないよ。皆に合わせようと思って防寒着を選んだけど、依頼で寒冷地に行くことも多かったからさ。小柄でも結構タフというか、寒さとか感じないタイプなんだよね(笑)』
そう言って、幾重に重ねられた衣服を極限まで脱いでいくミナト。
すると、それに触発されるように他のメンバーも次々と声を上げる。
『え~、ミナトっちが大丈夫なら私も行けるかな~。冷えたら冬眠すればいいし~』
『子どもじゃないんだから着こむ必要なんてないでしょ。お姫様は箱入りだから仕方ないけど、私はフィールドワークでも学院一って評判だったのよね。それにいざとなったら魔法で暖を取ればいいのよ』
『獣人の血を引く私にとっては雪などフカフカなベッドも同然。か弱いシャルロッテ様と違い、ミナト様と同じく普段通りの格好で十分かと。最悪体温の高い私の身体をベッドにすれば良いですし』
『クーちゃんは元から服着てないからな。火山でも雪山でもどんとこいだ』
『この美貌を布で隠すのも野暮よね』
『おっ、我慢比べか?酒飲むと暑くて仕方ねえんだ、オレも着の身着のままで行かせて貰うぜ』
『んっ、約束されたエロ回で一人厚着キャラとか、むしろ需要を理解ってる。脱ぐ時も全部は避けるように』
身の危険を感じたのか、多忙を言い訳に不参加をキメこんだレティとステラを除き、こうして「雪中特攻隊」とも言える盤石の遭難体制が爆誕したのだ。
虚勢と油断、打算が入り混じったその光景を、新入りであるシャルロッテは、絶望の眼差しと共に見守ることしか出来なかった。




