名前をくれた人
ずっと灰色の中にいた。
薄ぼんやりと見える、染みだらけの天井と灰色の壁、黄色く変色した薄いレースのカーテン、動かされる度に軋みを上げるベッドの柵。
私を世話する人の暇つぶしのためだけに四六時中ついている、テレビから流れる音。
それが世界の全てだった。
お母さんの顔は覚えていない。
お父さんはいないらしい。
きっと、私がこんなだから、喧嘩をしたんだろう。会いに来るのが嫌になったんだろう。
私は自分の名前を知らない。
壁の子。
皆は私をそう呼んだ。
窓のない部屋で、壁際に押し込まれて、忘れられた存在感。
それが私だった。
苦しかった。痛かった。寂しかった。
皆は、私が何も見えてないと思っていた。何も聞こえないと思っていた。何も感じてないと思っていた。
私はただ窓のない部屋で、何も感じず、何も知らず、何も思わず、機械に繋がれて息をしているだけの子どもだと思われてた。
………苦しい。
そう言いたかった。
叫びたかった。
だけど、私の身体は電池の入っていないロボットのように、どれだけスイッチを押そうとも動くことはなかった。
そうか、私はこの世界の不幸を集めてるんだ。
きっと、世界の幸せの量は決まっていて、誰かが幸せになるためには、誰かが不幸にならなきゃいけないんだ。
そう思うと、少しだけ心が楽になった。
自分が誰かのためになっているような気がした。
でも、それは嘘だ。間違いだ。
世界は私になんて興味はない。
私がどれだけ不幸でも、誰も私に興味はない。
それを理解できる事が、辛かった。
「こんにちは!!」
幼い声。明るく元気な声。
誰に話しかけてるんだろう。
職員の人の子どもなのかもしれない。
私なんかと違って、元気で、毎日が楽しくて、誰かに愛されていて………そんな事を考えている自分が嫌いだった。
「えっと………りゅうざき おうか、って名前なんだね。ボクはミナト。よろしくね、おうかちゃん!!」
その日、私は初めて自分の名前を知った。
私に名前をくれた男の子は、ミナトと言った。
ミナトは毎日私の所へ来て、色々な話をしてくれた。
自分のこと、学校のこと、友達のこと、病院の外の世界のこと、そして私のこと。
私はミナトがいなかったら、名前も、髪の色も、親がたまに病院に来ていることも、私の姿を見るのが辛くて病室に入れないことも、全部全部知らないままだった。
一緒にいられるのは、日に十分にも満たない時間。
でも、私にとってはそれまで生きた全ての時間より、ずっと楽しくて、とても大切な時間だった。
ミナトは言った。
ボクが治ったら、一緒に桜を観に行こうと。
遊園地にも行って、マスコットと写真を撮って、お土産を買って、学校にも行こうと。
それが無理なことは分かってた。
それでも私にも未来がある気がして、嬉しかった。
ミナトに会ってちょうど1年が経った日、私は死んだ。
お互いお別れを言う暇もない、呆気ない最期だった。
でも、後悔はない。
だって、ミナトが居てくれたから。
とっても、楽しかったから。
私は何度生まれ変わっても、同じ人生を選んで、ミナトが名前を呼んでくれるのを待ち続ける。
目が覚めた私が見たのは、色のある世界だった。
自由に動く手足があって、息を吸えば声を出せた。
もし、この世界がミナトの言っていた違う世界なのだとしたら、私はここで待ち続けよう。
たった一人、私に名前を教えてくれた、一番大切な人のことを。
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