それぞれの戦い
「ジグムンドよ、お前の覚悟はしかと受け取った。元より貴様の器で王の重責を背負い続けることが難いことなど、百も承知だ。……そうか、クラウディアめ。最後まで勝手な娘だ」
一瞬、ルグレイス公の頬から厳粛な為政者の仮面が剥がれ、過ぎ去りし過去を懐かしむ一人の老爺としての笑みが漏れた。
しかし、僅かに緩んだ表情はすぐさま鉄の如く引き締まり、北部貴族の統領としての峻厳な貌へと戻る。
「王でない者の命など不要だ、何処へなりと行くがよい。………だが、これは我ら北部貴族の全てを賭けた戦いだ。地位、土地、財貨、権力、そして名誉………。失いたくなければ、我らは戦うしかないのだ!!我らにはシャルロッテがいる!!至尊の座はただひとつ。ならばその座に相応しきは、我らが主ただ一人であるべきだ!!」
既に、兵の理性を奪うほどの熱狂は去りつつあった。
王は罪を認め、新しき女王が立った。
南北の対峙には六大魔公という異物が挟み込まれ、人と人の争いは、人と魔の戦いへと塗り替えられようとしている。
宰相クライスは、ライズフェルド伯クラウディアの名誉を回復し、その爵位と尊厳を受け継いだ。新王エルフリーデは彼を王配として認め、共に歩む一歩を踏み出している。
恩赦があるのではないか。宰相が救ってくれるのではないか。戦わずに済むのではないか………。
燃えるような戦意は、心に灯る炎よりもなお猛々しく輝くエルフリーデの赤髪に焼き尽くされ、灰へと変わっていく。
それでも、彼らは戦わねばならなかった。
不確実な未来を自らの剣で切り開くために。自らが奉じるべき主君のために。
風が、痛い。
ここはどこなのか。自分は何処へ向かっているのか。
「大丈夫だよ」
心を見透かすような、優しい声。
甘えるように、縋るように、シャルロッテはその細い腰を後ろから強く抱きしめた。
何のために進むのか。この道の先には、もう何も無いはずなのに。
死ねなかった。
自分が死ねば、全て終わるのだと思っていた。
犠牲を最小限に抑えるための最善の道なのだと、自分に言い聞かせ続けてきた。何万の命を散らしても、何百万の民を救うのだと、訳知り顔で鏡に向かって頷いてきた。
ザクリ。
肉を裂く嫌な音と共に、小さな呻きが肌を伝わった。
「ミナト様!!」
彼女の小さな英雄は、痛みに引き攣る頬を隠すように笑った。けれど、太ももに深々と突き刺さった矢からはとめどなく血が溢れ、鞍を赤く染め上げてゆく。
「シャルロッテ、聞いて。このまま進めば、エルフリーデの元に出られる」
「そんなことはどうでもいいです!! 早く、早く傷の手当てを!!」
「この足じゃ、もう馬を御せない。………シャルロッテ、ここから先は君の戦いだ」
「そんな………ワタクシにはもう、何も分からないのです!!死んで罪を償うつもりでした。責任から逃げるつもりでした。お母様の真似をすれば、何かが変わると思ったのに。ワタクシは、ミナト様が思うような賢い人間でも、強い人間でもありません………。エルフリーデの前まで辿り着いたとして、ワタクシに出来ることなんて………!!」
ミナトは、彼女の頬を伝い零れ落ちる涙をそっと拭った。
「分からないよね。………ごめん、ボクが未熟だった。シャルロッテなら何でも分かっていると思い込んで、助けることが出来なかった。でも、ボクたちはまだ未熟で、きっと大人になっても、王様になっても分からないことだらけなんだ。だから、心のままに進んでみるしかない。………たとえそれが、どんなに辛い結果に繋がるとしても」
足元の倒木を避けるため馬が大きく跳躍し、その衝撃でミナトの身体が空へ投げ出される。
「ミナト様!!」
「シャルロッテ!! 行くんだ!!」
シャルロッテはその声に背を押されるように、必死で体勢を立て直し、手綱を握り直した。
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