蜘蛛の糸
「影に捕まってください!!」
テオの叫び声。
それは影から発せられているようでも、テオ自身から発せられているようでもあった。
絹糸の如く細い影は太陽光に照らされ、もがき苦しむように不安定に忙しく姿を変え、掴もうとするミナトの掌からするりと抜ける。
「そんな………お願いだから落ち着いて………!!」
元より黒影を介したテオの魔法は、基本的に地面などの土台を基に展開するものであるため、崖壁から引き剥がされた状態では形を保つことすら困難であった。
しかし、テオは神経を研ぎ澄ませ、影がミナト達を包み込む光景をイメージし、暴走する自らの分身を必死に抑え込む。
「くっ、岩壁が………」
大きく突き出た岩石が、重量に引き寄せられ大地へと真っ直ぐ落下するミナト達に迫る。
(この速度で衝突すれば即死だ。せめてシャルロッテだけでも影に………)
ブワッ
ミナトの思考を断ち切るように頬を何かが掠め、表皮が切り裂かれ血が零れ落ちる。
同時に視界が闇に覆われ、ジェットコースターが全速力でカーブに突っ込んだかのような強烈な重力が真横にかかる。
「キャァッ!!」
ミナトが恐怖に震えるシャルロッテを抱き寄せると、全身を包み込んでいた浮遊感が霧散し、シャボン玉に乗ってゆっくりと宙を飛ぶような、柔らかで心地良い感覚が脳を支配する。
ストン
つま先に何かが当たり、ミナトとシャルロッテは思わず背を丸め足を引っ込める。
しかし、どれだけ下半身を上へ上へと逃がそうとしても『何か』は執拗に二人を追いかけ、遂にはミナトもシャルロッテもベッドに投げ出されるような形で、『何か』に対し腹ばいに寝そべった。
「痛たっ………ここは天国じゃないよね………」
「はいっ、ワタクシ達はまだ生きています。そして、まだ生きているこの体で為すべきことが残っています」
瞬間、暗闇に光が差し込み、二人を守っていた漆黒の殻が溶けていく。
「ご無事ですか!?」
地面に突っ伏したミナトに手が差し出される。
ミナトよりも小さく、柔らかなその手の持ち主はテオであった。
「ありがとう、テオのおかげで五体満足で降りられたよ。頬は血だらけだけどね」
太陽光に照らされたミナトは全身隈なく細かな傷に覆われ、中でも鮮血が滲む頬の裂傷が最も目を引いた。
「ゾーリー、ヌゥンヌニゥルは帰巣本能は抜群なんだが、寄り道する癖があってね。テオの影を少しばかり齧ったときに掠ったみたいだ」
敵勢をあらかた片づけたエランがミナトの肩をポンと叩く。
「あの時急に影が軽くなったのは………そうか、エラン様がヌゥンヌニゥルで操りきれない僕の過剰な魔力を吸い取ってくれたんですね」
「気づいてくれたかい、テオ。英雄って奴はなかなかどうして、頭も切れるのさ。役者も揃ったんだ、このまま大団円といきたいところだけど、まだまだ活躍の機会が貰えるみたいじゃない。ミナト、シャルロッテ様と共に行くんだ、ここは俺達に任せろ………くぅ、一度言ってみたかったんだよねえ、このセリフ!!」
エランがうんうんと頷きながら白い歯を見せると、その輝きを羨むように増援が出現した。
「………また後で会いましょう!!」
ミナトは傷の痛みを堪え、シャルロッテを後ろに乗せると馬を走らせた。
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