真実の美
「えっ、なっ………『真実の美』?ご、ごめんなさい、芸術には疎くて………そういう表現方法が流行っているのかしら。そうね、なら良い話があるの。そ、そう、お父様も素晴らしい芸術品をたくさん持ってるのよ!!言ってくれれば、きっと気にいるものがあると思うの。同じ芸術を愛する物同士お父様とも話が合うと思うわ。良かったわ、貴方と会えて」
ウェルグリーゼは恐怖のあまり思いついた言葉をただ吐き出し、その裏で懸命に枷を外そうと手足を動かす。手首の肌が擦れ血が滲むが、それに気づく事もなく………罠にかかった獣が、肉体の一部を切りすことで死の運命から逃れようともがくように。
「あらやだ、あんまり暴れられると、綺麗な肌が台無しよ。でも、楽しみだわ、貴方のそのスッと通った綺麗な鼻を剥いだら、どう悲鳴をあげるのかしら?大理石のように艶やかなその肌に、何度も何度もヤスリをかけたら?額にはどんな刻印を焼きつけようかしら………もうゾクゾクしちゃう!!」
トートが声を弾ませながら、一本の剃刀を取り出し、ウェルグリーゼに見せつけるようにスーッと自らの指先を刃でなぞる。
「なんで!?なんの利益があるのよ!!私を傷つければ、貴方達はかならず殺されるわ!!ただ殺されるんじゃない、拷問されて、途方もないくらいの苦痛の後に殺されるのよ!!ねっ、今ならまだ大丈夫、私を解放して!!そうすれば全て上手くいくわ。私は自由を得る、貴方達はお金を得る。最高の結果じゃない、ねっ、そうでしょう?」
「兄さん!!止めてくれ!!」
レーベは目の前で必死に懇願するウェルグリーゼに何の反応を示すこともなく、トートに向かって怒気を発した。
「ごめんね、僕達には君を傷つける気はないんだ。確かに君の鼻をそぐ。肌に生涯治らない傷をつけ、額に焼印を押す。でも、それは君を傷つけるためなんかじゃない。違うんだ。君が美しさを失った時、初めて得ることが出来る『真実の美』を知ってほしいからなんだ。君自身の手で『真実の美』を見つけて欲しいからなんだ。僕達は決して自分の欲望のために君を傷つけない。約束するよ、安心して欲しい」
「あぁ、そうね、そうだわ。レーベの言う通りよ、ごめんなさい。アタシはいつだって、すぐに自分を見失っちゃう。快楽に溺れて、楽しい方に流されて、向き合うべき本質を忘れちゃう。ありがとう、レーベ。貴方がいれば私はいつか『真実の美』に辿り着けるわ」
「兄さん以外に、それを見つけられる人はいないよ。自信を持って、誠実に、真摯に彼女と向き合おう。彼女が内に秘める真なる魂の美しさと」
「ねえ、もう止めて!!脅しなんて必要ないわ、本当に貴方達が欲しいだけ払うから!!本当よ、本当なんだから!!許して、お願いっ!!」
半狂乱で泣き叫ぶウェルグリーゼに対し、レーベはまるで赤子をあやすような慈悲深い笑みを浮かべる。
限界まで研ぎ澄まされた剃刀が鼻の下の皮膚をサクリと切り裂き、血が流れる。
白く毛穴ひとつ見えない柔肌が赤く染まり、完全なる調和をもってウェルグリーゼの美貌の中心となっていた鼻が、メリメリと音を立て顔から引き離されていく。
「ヤダーッ!!痛い、痛いのっ!!やめて、やめてやめてやめてやめて!!お金が欲しいんでしょ!!あげるわ、いくらでもあげるから!!ごめんなさい、謝るわ、謝るから!!!!………………あ………あぁ………」
ブツリ、と何かが千切れた音が鼓膜を打つ。
レーベが削ぎ落とされた鼻を摘み上げ、左右に軽く振った。ウェルグリーゼにとって見慣れた自らの肉体の一部が、まるで肉屋に並ぶ食材のように無造作に扱われ、口に投げ込まれる。
グチャグチャという咀嚼音。ウェルグリーゼは何が起こったのか理解できないかのように、ただ呆然とその光景を眺める。
「ああ、絶望の味がする。分かる、分かるよ、君は今これまで自分を支えてきた美という支柱を失い、絶望しているんだね。でも、大丈夫。僕には君の背中を押すことしか出来ないけれど、きっと君自身が真実の美を見つけられると信じているから」
レーベが涙を流し、ウェルグリーゼを抱きしめる。
鋭利な爪は少女の柔らかな肌に食い込み、ドレスに赤い染みを作っていく。
「あぁ……あぁぁぁぁあああっ!!!」
ウェルグリーゼは感情の堰が結界したかのように、言葉もなくただ泣きじゃくった。その涙の理由が、永遠に戻らない自らの美しさへの絶望であるのか、それとも真実の美を見つけた事による歓喜であるのか、誰にも知る由はない。
面白かった、これからも読みたい、AI先生による絵が可愛いと思った方は是非、☆評価、ブックマーク、感想等をお願いいたします!!
基本毎日投稿する予定ですので、完結までお付き合い頂ければ幸いです。
次回からミナト達の話に戻ります!!




