開戦
まだ真面目。なんか前置きが長くてすいません………。
とりあえず年末ということで、今週の土日は3話ずつ更新して、その後はストックが尽きるまで毎日1話更新をしていく予定です。
両軍が霧を挟んで対峙すること数十分。
永遠とすら思える時間が過ぎ去り、戦場に広がっていた霧が急速に晴れ渡っていく。平原を埋め尽くす敵勢を眼下におさめ、ミナトは一度奮い起こした勇気が萎んでいくのを感じた。
最前列には整然と隊列を組んだ千を超えるスケルトンが槍衾を作り、その側背を守るように大型の狼に跨った数十のゴブリンライダーが展開する。
スケルトンの後ろには300匹ほどのゴブリンが雑然とまとまり、それら怠惰な兵士の督戦隊として下位悪魔が翼をはためかせている。
列の中程にはオーガやトロールなど大型の亜人が居並び、後列には魔法を武器とする上位悪魔やカースドウィッチが控える。
軍勢の上空にはインプが直上警戒にあたり、その上には小型のワイバーンが悠々と旋回している。
そして戦場に不釣り合いな豪奢な意匠の椅子に腰かけ、軍勢を高台から見下ろす一人の少女。
緩やかにウェーブする金糸のような艶やかな髪、ラピスラズリの如き深い青を湛えた瞳。
大理石のように白く滑らかな肌に、胸元を強調する煽状的なドレス、そして何より王国全土から美女を集めてもひれ伏すしかないですあろう蠱惑的な美貌。
その頭部から突き出る2本の角がなければ、彼女が悪魔であると信じる者はいないだろう。
熟練の兵士でさえ興奮と熱狂、それと同程度の恐怖と絶望に揺れ動く戦場において、不敵な笑みを浮かべるこの少女こそがこの会戦の指揮者、六大魔公アルベラであるのは誰の目にも明らかであった。
悪魔の軍勢は総勢二千といったところだろうか。人とモンスターの戦力差を考慮するならば、数万の大軍勢で迎え撃つべき強敵だ。
一方で王国の戦力は失笑を禁じ得ないほど過小なものである。
槍を杖代わりに集まった老兵と、革鎧の着方すら知らない新兵からなる歩兵1000、それに志願した冒険者が100ほど。
冒険者の中にはミナトのように金等級、もしくは白金、ミスリルの認識票を有する者もいるが、多くは首から白磁や黒曜のプレートを下げた駆け出しばかりだ。
彼我の戦力差は絶望的であり、一刻持ち堪えることも至難であることは明らかだろう。
「まったく嫌になるねえ。あの堂々たる軍勢相手に、金髪のワガママ嬢ちゃんを満足させる闘いぶりを見せろだってよ」
冒険者の中でも年かさの男が、冗談混じりに話し出す。胸に輝くミスリルの認識票も、この状況下では色褪せて見える。
「逃げ出したいのは山々だが、やらなきゃならねえよな………お前達、よく聞け!!俺達はここで戦い、死ぬ。生きて帰れる確率は0だ。だから安心しろ、誰か一人がヘマしようが、お偉いさんからうんと褒美を貰えるような大活躍しようが結果は変わらねえ。どうせ皆死ぬんだ、気楽に死のうや」
あけっぴろげな物言いに、この戦場で初めて明るい笑いが漏れる。
「だがなぁ、残念ながらタダでは死ねねえ。椅子のうえでふんぞり返ってる性格の悪いガキんちょが、この戦いでオレらの強さにビビったら、暫くはベッドで毛布にくるまってガタガタ震えててくれるんだとよ。近隣の都市にはまだ逃げ遅れてる奴らが山ほどいる。ここは一発、六大魔公とか恥ずかしげもなく名乗ってる、エロい身体した金髪のガキの尻を叩いて、歴史に名を残すしかねえよなぁ!!痴漢としてじゃねえぞ、英雄としてだ。さぁ、野郎ども、英雄って奴になりにいこうぜ!!」
男は言い終えると同時に天高く拳を突き上げ、声をあげる。それに呼応するように全軍に歓声の輪が広がり、やがて大地を震わすほどの音の波となり平原を包み込んだ。
戦意が最高潮に達したのを機とし、男が駆け出す。すると熱狂に引きずられるように冒険者が、新兵が、そして老兵までもが一塊の獣となり敵めがけ突撃する。
「骨野郎はとにかく叩き潰せ!!何でもいい、得物を振り回して敵にぶち込め!!」
最前列のスケルトンを即席の軍勢が押し込んでいく。
闇雲な前進に敵勢が隊列を崩し、スケルトンの背後に陣取るゴブリンが勝手に持ち場を離れようとする。
後退するゴブリンを下位悪魔が押し留めようとするが、それがかえって混乱に拍車をかけ、中衛として控えるオーガやトロールが仲間を吹き飛ばしながら前進したことで、戦場は大乱戦の様相を呈している。
「火球!!」
先ほどまで泣いていた少女が混乱の渦の中心に向かい魔法を打ち込むと、数十の敵が爆ぜ、黒煙が立ち上り、敵味方ともに視界が奪われる。
「でかしたっ!!我こそ歴戦の猛者だっていう自惚れ屋は俺についてこい、中央突破でいっちょ金髪の嬢ちゃんの下着でも剥ぎ取りに行くぞ!!他の奴らは前線を押し込みながら、側面からくる騎兵に警戒。それじゃ、かっ飛ばすぞ!!」
「はいっ!!」
ミナトは煙で視界を奪われながらも、檄に応え闇雲に前に進む。
数体のスケルトンを剣で薙ぎ払い、ゴブリンの喉を投げナイフで貫く。オーガのスパイク付きのこん棒に革鎧の肩当てを弾きとばれながらも、小柄な身体を活かし足元に潜り込み、アキレス腱に刃を突き立て転倒させる。
「危ないっ!!」
背後から響く声に頭上を見上げると、上空の警戒を行っていたワイバーンが手が届きそうな位置まで滑降しており、その長い首を鞭のようにしならせ、ミナトに襲い掛かる。
「くっ!!」
ミナトは咄嗟に仰向けに寝転び、すんでのところでその一撃をかわすと、背嚢から取り出した蜘蛛人の糸を編んだ球状の捕獲網の封をかみちぎり、旋回しようとするワイバーンを絡めとった。
自由を失い地面にのたうち回るワイバーンの頸動脈を断ち切ると、ミナトは周囲を見渡す。霧と黒煙が入り交じり作られた灰色のベール越しに人と異形が交錯している。戦列と呼べるものは既にない。悲鳴と歓声が交互に響いているが、徐々に歓呼の声は減り、助けを求める叫びは増えている。
ミナトは奥歯を強く噛みしめると、耳にこびりつく悲鳴を振り払うように走り出した。
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