迫りくる影
「また間違えたの、このグズ!!何回言えば分かるのよ、このドレスのネックレスはプルートパーズなの!!」
赤を基調とした瀟洒な一室に、少女の怒声が響き渡る。怒りをはらみながらも、なお美しさを損なわない可憐な声の主は、ジェベル王国南西部に所領を持つカステア侯爵の一人娘ウェルグリーゼであった。
その煌びやかな美貌と淑やかな気品、そして柔和で慎ましいとされる性格により、王国内のみならず他国からも求婚の使者が引きも切らず押しかけると言われる少女である。
「申し訳ございません、お嬢様。先日は違う物をお選びになられていたので………」
「なに?なんなの?私が間違ってるって言いたいの!?」
「い、いえ、滅相もございませんっ………」
「信じられないわ!!無能なうえに、主人に責任をなすりつけるなんて!!安いからって獣人の奴隷なんか買ってくるから、こうなるのよ。お前達、この役立たずを屋敷から追い出しなさい!!今すぐによ!!」
「お許しください、お許しください………ここの他には何処にも行くあてが無いのですっ!!」
「くどいわ、私はメイドなんかに構っている暇はないの。馬車の用意なさい。晩餐会まで時間がないわ………なにをしているの、貴方達まで首になりたいの!?さっさとしなさいっ!!」
雷鳴のような癇癪から身を守るべく、使用人達は互いに目配せをし、メイドから衣服を剥ぎ取り、窓の外に放り投げた。
その行動はひとえに絶対的な支配者による災禍が自身に及ばないようにするためだけの、意味のない咄嗟の蛮行であったが、ウェルグリーゼは自らの命令が目に見える形になった事に満足したのか、羞恥と絶望に涙するメイドに一瞥もくれず、足早に部屋を後にした。
(不快だわ!!あのメイドも、すぐに言うことを聞かない他の使用人も!!私を困らせて何が楽しいのよ!!)
レベッカが苛立ちを露わにする。
(分かったわ、きっとあのメイドは例の男の差金ね。端金で身分の卑しい者を雇い、使用人として敵対派閥に送り込んでいるという噂を耳にしたことがあるわ。簒奪者に相応しい汚らしい手口ね。でも、それならあのメイドの役立たずさにも納得いくもの、きっとそうに違いないわ!!)
「お嬢様、馬車のご用意が出来ました…」
老齢の執事の言葉に反応することもなく、レベッカは馬車に乗り込む。
泉のように湧き出るウェルグリーゼの怒りは、カステア侯爵家の家勢に起因していた。数十年前、まだウェルグリーゼがこの世に生を受ける前のカステア侯爵家は、まさにこの世の春を謳歌していた。
婚姻をもって多数の有力貴族と縁戚となり、莫大な財とコネにより国家の要職に一門の有力者を送り込んだ。一時はかのベスティア公爵家とも権勢を競い合うほどのジェベル王国きっての大貴族として、大陸中にその名を轟かせたのだ。
しかし、春は唐突に終わりをつげ、灼熱の夏も豊穣の秋も経ることなく、草木も凍る冬を迎えた。先王の死去、それに伴う現王の即位、そして即位に異を唱えた貴族への苛烈な粛清。
国を二分する内乱に繋がりかねないほどの深刻な対立は、貴族連合の結集軸とも言える一人の女性の死により終焉を迎え、それと共にカステア侯爵家の家運は坂道を転がり落ちるように衰退していった。
(あれほど良くしてやっていたのに、少しばかりあの簒奪者から圧力をかけられただけで、誰もがカステアを裏切った。まだ小さくて不器用だった私に根気強く竪琴を教えてくれた優しい叔母様は、謀反人の汚名を着せられて身一つで王都を追放された。誰からも援助を受けることが出来ず、粗末なあばら家で使用人すらいない生活を強いられ、最後はこの世を呪いながら亡くなった………あの悲しみ、屈辱を私は忘れない)
ウェルグリーゼは強く唇を嚙みしめる。
(叔母様は惨めに命を落としたのに、あの簒奪者はのうのうと生きている!!お父様も他の貴族もすっかり牙を抜かれてしまったわ。先王の一人娘を担いでもう一度反対勢力を集めようとする動きもあるみたいだけど、そんなの生温いっ!!私が帝国の王子に嫁いで、力であの男を王座から引きずり落ろしてやる!!そうして、叔母様の墓の前で首を垂れさせ、そのまま処刑して、身体を切り刻んでドブに撒いてやるわ!!)
子どもじみた妄想に満足したのか、フッと笑みを漏らす。
(そのために晩餐会では、温和で可愛らしい、何も知らない愚かな女を演じないとね。擦り寄ってくる馬鹿な貴族共を袖にして、社交界で自分の値を釣り上げるの。そうすれば、きっと愚鈍で傲慢と噂の帝国の王子も私に興味を持つわ。あの男の娘や、先王の娘との結婚するって与太話も聞くけど、王国が乗っ取られるリスクを考えれば、そんな縁談は成立しないはず。帝国も王国を併呑するために、大義名分が欲しいはず………私がそれになればいいのよ。そうして愚かな次期皇帝を意のままに操って、必ず復讐を果たしてやる!!)
ウェルグリーゼの脳内で安直な復讐劇が完成したところで、不意に馬車が止まる。到着の合図も、馬を追う音もなく、ただ不気味な静寂だけが二頭立ての豪奢な馬車を包み込む。
「誰が止まって良いと言ったの!!早く出しなさい!!それともお前も首になりたいの!?どうしたの、何か言いなさい!!」
ウェルグリーゼが怒りに身を任せ叫ぶように命じると、それに呼応したかのように扉が空き、同時に足元に何かが転がり落ちた。
それは御者台で馬車を操っているはずの、使用人の首であった。
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