二つの道
深く沈み込むような冷えた空気が肌を刺激し、ミナトは大きく身震いする。
唇から溢れる吐息は新雪の如く白く、指先の感覚がなくなるほど寒気が身体を包むが、若い王の瞳は覇気に満ち、その眼差しには歓喜が煌めく。
「ふぅ、本当に見つからずにここまで来られるのか。眉唾だと思ってたけど、持つべきものは悪友だねぇ。さぁ、この地下道を行けば王都の外に出られる。人数は多ければ多いほど目立つ。ミナトが先陣を切って、見張りを引きつけておいてくれると助かるじゃない」
もう使われていない朽ちかけた下水道を前に、エランがパチリとウインクをする。
「ありがとうございます。エランさんは王都を出たらどうするつもりですか」
「親父殿と合流するつもりだ。一旦屋敷に戻ろうかとも考えたんだが、昔馴染みから聞いた噂じゃ俺らが地下に隠れてたこの数日で、事態は二転三転したらしい。かなりきな臭い情勢になってるようだし、こんな苦労をすることになったのも親父殿のせいだからねえ。直接文句を言わないと気が済まないじゃない」
エランは普段通りのカラリとした陽性な笑い声を上げ、すぐさま自分のいる場所が城門の真下であることを思い出し、わざとらしく両手で口を押さえた。
「ははっ、大丈夫ですよ。少し騒いだくらいで聞こえてるなら、とっくに捕まってます」
「ミナトにそう言われると心強いじゃない。まったく一代で王様になるような男は可愛い顔して肝が太いねえ。………………ミナト、最後にひとつ伝えたいことがある。真偽は不明の与太話だが、シンギフ王国の国王としては聞かない方が賢明だ。だが友としては、この事を隠したまま死ぬような事になったら、後悔で毎夜枕元に立つことになって、優雅な天国生活に支障をきたしかねない。俺のために聞いてくれないか」
「聞かせてください。毎晩寝ずにエランさんを待つのも大変ですから」
エランは下手なジョークに一瞬頬を緩ませると、小さく深呼吸をし、胸の奥に溜め込んでいた澱を吐き出すように口を開く。
「シャルロッテ様が囚われた。臣下であるはずの北部貴族の手によりね。裏切り者の名はサーダイン伯クライス。シャルロッテ様の従兄弟に当たる大貴族で、酷薄だが冷静沈着で頭の切れる男だ」
「そんな………どうして」
「奴は寝返りの対価として宰相の地位に就いたそうだ。身内を売った見返りとしてね。だが、今そんな事はどうでもいい。重要なのは近日中にシャルロッテ様の身柄がテティスの塔………つまり、王都で最も警備の厳しい古塔に移送されるという事実じゃない」
「テティスの塔………シャルロッテから聞いた事があります。確かそこは………」
「そうさ、シャルロッテ様の母君、ライズフェルド伯クラウディア様が最期の時を過ごされた場所だ」
「そんな………」
母と娘、王族に連なる二人の女性の数奇な人選が螺旋の如く絡み合う。
祝福に満ちた親子の終着点が、奇しくも同じ場所、同じ結末となったのは、運命の悪戯と呼ぶにはあまりにも残酷なものであった。
「テティスの塔は王宮の最奥部に位置する牢獄だ。他の塔屋からは独立していて、周囲に隠れられるような場所もない。これほど監視が容易で脱出が困難な場所は、王国内どこを探しても他にないさ。つまり、一度閉じ込められたが最後、処刑されるその日まで外には出られないのさ」
「もし助けるなら、移送中を狙うしかない………。教えてくれて、ありがとうございます」
「………やる気だね。良いのかい、事と次第によっては、ジェベル王国と全面的に敵対することになるよ。焚き付けた俺が言えることじゃないけどねえ………」
「安心してください、例えテティスの塔にいたとしてもボクはシャルロッテを助けに行きます。ジェベル王国にとっても、シンギフ王国にとっても、それが一番良い選択だと信じてますから」
ミナトは苦しげに呟くエランに向かい微笑み、自身の身体の震えを抑えるべく唇を噛みしめた。
王として選んだはずの道。
視界を覆い尽くすほど激しく輝くその道が、二つの王国の繁栄に繋がっているのか。
それは神のみが知るところであった。
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