御旗のもとに
高等法院における論戦が終わり、エルフリーデはレオニードを伴い自室へと戻っていた。
主人の趣味に合わせ落ち着いた柔らかな色合いの調度品が並ぶなか、部屋の雰囲気に似つかわしくない重苦しい沈黙が場を支配し、王女の第一の臣であることを自認する青年貴族は、出てもいない汗をハンカチで拭った。
「エルフリーデ様、どうかお気を落とさず………」
「気遣いは無用よ」
囁くような臣下の言葉をエルフリーデは一刀のもとに切り捨てる。
「私は戦い、敗れた。それだけのことよ」
再び静寂が訪れる。
レオニードはその静けさを耐えかねるように口を開く。
「あと数ヶ月………いえ、成人の儀さえ終わっていれば、あの場を収め貴族達を従えていたのはエルフリーデ様でした。これは耳障りの良い慰めでも都合の良い妄想でもなく、厳然たる事実です。難しい立場に置かれながらも、エルフリーデ様は最善の行動を取りました。ただ僅かに運が向かなかった、それだけのことです。どうか御自分を責めないで下さい」
「相変わらず甘いわね。運がないのは貴方よ。サーダイン伯爵が主導する国政において、私はただのお飾り。たとえ国王陛下がご存命であったとしても、内乱を収めた功績を持ち、大多数の貴族によって宰相に擁立されたあの男を抑えこむことは難しい………10年かけて変えようとした王家と貴族の力関係がたった1日で元の木阿弥ね。仕えるべき相手を間違えるとこうなるのよ」
エルフリーデは自嘲気味に笑う。
それはこれまで彼女を長く支えてきたレオニードが、見たことのない姿であった。
「今からでも遅くはないわ、あの男につきなさい。一連のやり取りで、貴方は私の側近として顔が知られている。それだけに貴方があの男に付けば、自身の権力を目に見える形で示すことが出来る。すぐに国政の中枢に携わる事は出来なくとも、上手くいけばいつか尚書くらいにならなれるでしょう。貴方の才をこのまま腐らせるのは勿体ないわ。行きなさい」
「お断りします」
王女から発せられた力ない命令を今度はレオニードが一刀のもとに切り伏せる。
「私はエルフリーデ様の臣下です。帝国に対抗しうる国を………いえ、ジェベルを世界に冠たる国家とするまで、共にありたいと願っています。それが私の誓いです」
「………とうとう私は貴方すら御しきれなくなったようね」
「も、申し訳ありません、逆らうつもりでは…………」
「冗談よ。でも私が自身の支持基盤である南部貴族すら御しきれないのは事実だわ。貴方の言葉を聞いて、やっと気づいたのよ。私は旗すら持っていないということを………」
王女の視線の先には、金糸による刺繍で形作られた二頭の獅子があった。
それはこの国に住むものならず、大陸全土に知られるジェベル王家の紋章である。
「爵位を持たない私は戦場に出て士気を鼓舞しようとも、自分の旗すら掲げられないわ。二頭獅子はあくまで国王である父の旗。シャルロッテはクルブレール侯爵家の旗を、ルグレイス公は自身の旗だけでなく、娘であるライズフェルド伯クラウディアの黄バラの旗を掲げている。死と隣り合わせの戦場において、人は旗のもとに人は集い、旗のもとで戦う。自分の旗すら持たない私はただの傀儡でしかない事に、なんですぐに気づかなかったのかしらね。いえ、気づきたくなかったんだわ。気づいていれば、違う手段があったかもしれないのに………」
エルフリーデは声を詰まらせると、自身が最も信頼を寄せる青年貴族に背を向けた。
凛とした王女の後ろ姿は、ランタンの光を受け微かに震えていた。
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