受け継いだもの
ジェベル王国の北部と南部の境目に位置する湖畔に佇む屋敷と呼ぶにはあまりにも小さな建物を、数十もの兵士が取り囲む。
警備というにはあまりに物々しい雰囲気に、空を飛ぶ鳥でさえ避けるなか、一頭の駿馬に跨った金の髪を持つ青年が近づいていく。
兵士達はその青年を見るや否や寒さに曲がった背を物差しの如くピシリと伸ばし、深々と敬礼した。
「入るぞ」
青年により無遠慮に開かれると、暖炉の前で揺り椅子に腰かける一人の少女が、無礼な訪問者に対し僅かに視線を動かす。
「どうだ、囚われの身となった気分は」
問いかけられた少女は視線を手元に戻すと、作りかけの編み物にかぎ針を通す。
「クククッ、口をきくことすら出来ぬほどか。しかし、母の時と同じ小屋に閉じ込められる事となったのは何の因果か。………シャルロッテ、お前の処遇が決まった。明朝お前の身柄は王都にあるテティスの塔に移される。この意味は分かるな」
「………母と同じ運命を辿るのでしょう」
「観念したか、妙に物分かりがいいな。だが、お前には自死した母よりも無様で悲惨な結末が用意されている。既にお前の爵位は剥奪された。王国貴族……いや、貴族としてではなく、ただの平民、そして父を害し、国を裏切った売国奴として民衆の前で処刑されるのだ」
サーダイン伯爵の高笑いが、数人がようやく寝泊まり出来るほどの小さな空間に幾重にも反響する。
「どうだ、その澄ました顔を歪め、必死に命乞いをしてみろ。王国宰相であるこの俺の足を舐めれば、罪状を変えて国外への永久追放でとどめてやってもいいのだぞ。それとも、我が家の奴隷として飼ってやるのも悪くない。少なくとも何の意味もなく、みじめに死んでいくよりは幾分かマシだろう」
シャルロッテはゆっくりと首を横に振り、膝の上には編み物を置いた。
「まだ終わりではありません」
「ほう、お前にこの状況を打破できる手立てがあるとでもいうのか?側近に売られ、地位も名誉も失ったお前に。良いことを教えてやろう。お前が大事に飼っていた楽団とやらは、あの女に団員ごと見世物小屋に売り飛ばされたとのことだ!!混ざり者、神に愛されることなく生を受けた不具に奴隷、そして亜人共。碌な値で売れなかったそうだが、お前のように首輪をつけて餌を与えるよりかは売っぱらった方がマシだからな」
「………そうですか。どちらにしろワタクシにはもう関係のないことです」
「つまらんな。どうやらお前は、時間をかけて籠絡した英雄とやらが助けに現れると思っているようだが、そんな都合の良い妄想が叶うことはない。その男の臣下は王宮内に幽閉され、肝心の王は行方知れず。本国から救援が来る様子もない。当てが外れたようだな」
煽るような物言いにもシャルロッテは仮面のように張り付いた表情を変えることはない。
「もう一度、お前に一本の糸を垂らしてやろう。俺に全てを委ねろ。一度は妹と呼んだ仲だ、そうすれば命だけは助けてやる。膝を屈し、臣下の礼をとれ。早くしろ、死にたくなければな」
「お断りいたします。先ほども言った通り、まだ終わりではありません。ここを引き払う準備があります。お引き取りを」
「その強情さ、母譲りというわけか。後悔するぞ」
サーダイン伯の指先がシャルロッテの髪に絡みつく。
暖炉が放つ柔らかな灯りをうけ、朱に染まる二つの影は、いつまでも重なることなく静かに揺らめいた。
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