アルシェ
「アルシェ、大丈夫!?あっ、ごめん………」
アルシェのもとに駆け寄ったミナトは、乱れた衣服を目の当たりにし思わず視線を逸らした。
「いえ、これは私の不注意によって生じたものですので、気にしないでください。助けて頂きありがとうございます、ミナト様」
アルシェはまるで何事もなかったかのように礼を言う。
「ボクこそありがとう。ナイフを投げて隙を作ってくれなかったら、どうなってたか分からなかったよ」
ミナトは地面に落ちた投げナイフを拾い上げる。金等級とは言っても、飛び道具やマジックアイテムを多用する戦闘スタイルなこともあり、常に懐事情は逼迫しているため、戦いで使用した道具を回収することはルーティンの一部として身体に染みついている。
「お役に立てたようで何よりです。デボラ様から最低限の護身術を叩きこまれましたが、まさかその成果をミナト様の前で披露する日が来るとは思ってもいませんでした。ただ、欲を言えばこの禿げあがった頭頂部に命中させたかったです」
「気を引いてくれただけで十分だよ。この辺りじゃ見ない顔だけど、冒険者なんだろうね………ボクはこいつ等が同業者と認めたくないけど」
「冒険者はミナト様を除いて全員クズです。まとも人間は冒険者なんて目指しませんので」
「ははっ、耳が痛いな」
「………ただ、クズではあっても、悪人ではありません。少なくとも、この街のギルドを拠点にしている方々は、人を傷つけたりはしません。彼氏はいるのか、男性経験はあるのか、今日の下着は何色か、酔った勢いでくだらない事は聞いてきますが、悪人ではないはずです………いや、やっぱりクズですね」
悪し様な物言いにミナトが我慢できず吹き出し、アルシェも僅かに頬を緩ませる。
「でも、どうしてこんな裏路地に?」
「………お使いの途中で、ミナト様を見たとか、ミナト様が王様になったなど、あれやこれやと怪しい噂を聞きまして、幽霊になってまでギルドに顔を出しに来たのかと興味本位で帰り道を急いだところ、不覚を取りました」
「そんな………ボクのために?」
「いえ、ミナト様の為とは一切言っておりません。前から気になっていたのですが、ミナト様は物事を勝手に良い方向に捉える癖があるようにお見受けします。世間一般においてその性質は美点と言えますが、一流の冒険者ともなれば依頼内容の精査から依頼人との交渉まで一人でこなすもの。軽微なすれ違いから重大な錯誤が生まれる可能性がある以上、認識の齟齬には注意を払うべきです。ましてや王様になったのでしょう、これまで以上に気を付けなければなりません」
「ご、ごめん」
ミナトはアルシェの勢いに推され謝ると、気恥ずかしさを誤魔化すようにロープで男達の腕を後ろ手に縛り上げ、近くを通りかかった者に金を渡しギルドへの連絡を頼んだ。
「ですが、死体になって帰ってこられるよりは、生きて帰って来てくださって嬉しくはあります。死人は食事も宿泊もしないので店の利益になりませんし、私の給金にも反映されませんので」
「ボクも生きてアルシェにまた会えるとは思ってなかったから嬉しいよ」
「そうですか………」
気まずい沈黙が場を支配する。
「………近頃カラムーンもあまり治安が良くないって聞いたんだけど、他に危ない目にあったりしてない?」
「いつもは大路を歩いているので、今日のような事は初めてです。ただ、街を覆っている雰囲気が暗くなっているのは確かです。私のような『混ざり者』への当たりも厳しくないと言えば嘘になります。わざとぶつかる、足をかけられる、石を投げられる、運んだ荷物に毛がついているだの、獣の臭いがして近くで食事が取れないだの、何かにつけて文句を言われることも増えました。でも大丈夫です。獣人との『混ざり者』が蔑まれるのは、今日に始まった事ではありませんし、慣れていますので」
アルシェは頭から突き出た大きな耳を疎まし気に触りながら、吐き捨てるように言った。フワフワとした青い毛に覆われた犬のような二つの耳は、少女が只人ではないことを何よりも雄弁に物語っている。
「慣れる必要はないよっ!!」
突然の大声に、アルシェがビクリと身体を強張らせる。
「ゴメン、驚かせちゃって………でも、慣れちゃダメだ、アルシェは何も悪くない。嫌がらせをされる理由も、混ざり者なんて呼ばれる理由も、何もない。だから、慣れちゃダメだ」
一つ一つ噛みしめるように口にするミナトを前に、アルシェはその大きな耳を小さく震わせた。
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