最善手
「エルフリーデ殿下、これまでの経緯を一旦忘れ、今ある選択肢の中から最善の手を考えると、サーダイン伯爵の策こそジェベルを救う唯一無二の手段ではないでしょうか」
一度は議論の場から身を引き静かに情勢の変化を見守っていたヒッセンハイム侯爵が、穏やかな声色で諭すように語りかける。
「御自分が得られる領地に目が覚め眩みましたか?それとも赦免がお気に召したのかしら?」
「ご冗談を。ジェベルはいま目隠しをされた状態で崖の上に立っているようなもの。間違った方向に一歩踏み出せば立ち所に転げ落ち、助かりはしないでしょう。サーダイン伯爵の策はその前提を覆し、目隠しを取るという類のもの。目さえ開けば道を誤ることはありません。国務尚書の立場から申し上げます。ここは清濁を併せ吞む度量を見せるべきでしょう」
「正しいと思いこんでいる道自体が、地獄へと続いているやもしれません。はっきりと申します、私はサーダイン伯を信じることは出来ません。叛乱軍の総指揮官として厳正なる処分を下すべきです」
エルフリーデは芝居がかった老人の提案をにべもなく否定する。
しかし、既にその決断に賛同する声はなく、誰もが沈黙を選んだ。
「………エルフリーデ様の存念はよくよく理解致しました。議論を尽くし、意見が分かれた以上、誰かが判断を下さねばなりませぬ。しかし、当事者である我々が口を出すわけには行きませぬな。となると、この場で公正な視座に立ち収める事が出来るのは、高等法院長以外おりますまい。国務尚書である私はどのような判断であっても始祖ジェベルに誓い受け入れましょう。皆様方もそれでよろしいか」
「何を言うのです!!そのような勝手が許されるはずはありません!!」
「そ、そうです、元を辿れば私は一介の貴族に過ぎず、そのような大それた決断は荷が………そうです!!我らは等しく国王陛下の臣下。陛下不在の際の国政は、我らの投票により解決策すべきでしょう。おおっ、我ながら名案ですな!!おい、お前たちすぐに用意を!!」
高等法院長は突如降ってわいた重すぎる責務から逃れるため、エルフリーデ、そしてサーダイン伯に至るまで議場にいる全ての貴族に対し投票を求める。
その流れを断ち切ろうとレオニードは懸命に呼びかけるが、議論に飽き、早く結論へと辿り着きたいばかりの貴族達は最早レオニードの制止を聞くことなく、粛々と票を投じる。
「それでは投票結果を読み上げます。サーダイン伯爵の策を是とする者107名、非とする者38名………始祖ジェベルの名の下に、高等法院はサーダイン伯爵の提案を採用する!!」
議場内を高らかな拍手の音色が包み込み、エルフリーデは言葉を発することなく椅子に腰かけ、固く目を閉じた。
「ジェベル王国宰相の地位、しかと引き受けた。今日この決断をもって、ジェベルにおける南北の対立は終わりを告げる。いや、我ながら正確さに欠ける物言いだな。妄執に取り憑かれた一人の哀れな老人の死をもって、この不毛なる争いの歴史は終わりを告げると言っておこう」
金の髪をたなびかせエルフリーデの隣に立ったサーダイン伯爵は剣を抜き、天に向けその切先を突き上げる。
「始祖ジェベルよ、ご照覧あれ!!我ら正義を刃となし、献身を盾とし、ジェベルを護らん!!ジェベル王国に栄光あれ!!」
新たに宰相となった青年貴族に導かれるようにその場の貴族が一斉に剣を手に取り、熱病に浮かされるが如く歓呼の声を上げる。
頭上に降り注ぐ喝采のなか、エルフリーデは身じろぎひとつすることなく、運命を受け入れたかのように口の端に微かな笑みを浮かべた。
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