王の資質
「国務尚書!!これはいったいどういう事なのか、この場で申し開きなさい!!」
ドロドロとした溶岩のような感情の濁流が赤い瞳を濁らせる。
ジェベル王国ではジグムンド3世の即位以降、国政改革のひとつとして、帝国にならい各行政分野ごとに長として尚書という役職を置いている。
尚書とはいわば大臣であり、帝国のように長年行政機関の効率化と官僚の育成を図っている先進的な国家においては、実務能力に長けた叩き上げの行政官が就任する役職である。
しかし、未だ貴族勢力が強く、行政機関も官僚機構も整備途上のジェベルにおいては、尚書という役職は高等法院長と同じく事実上大貴族のための名誉職と化していた。
中でも国務尚書はその所掌範囲の広さからジェベルきっての大貴族でなければ就くことが許されず、現在の国務尚書も南部貴族の中で隠然たる影響力を有するヒッセンハイム公爵が務めている。
南部貴族であり国政の中枢に携わるヒッセンハイム公爵が、国務尚書の名により発した国書の意味は大きく、ただの一書簡であると無視しうるものではなかった。
「はて、見覚えがございませんなぁ」
「とぼけるのですか?公爵の署名と玉璽、言い逃れは出来ません」
「いやいや、それは本物でありましょう。署名も印影も確かに私の物です。しかし、ご存知の通り国務尚書は大役。下の者から次から次へと決裁を求められ、恥ずかしながら目も通さずに裁決することもありましてな。恐らくは流言飛語に騙された下の者の仕業でしょう。よくよく詮議の上、しかと責任を取らせます」
「責任を取るのは貴方です!!内通の罪は明らか、ヒッセンハイム公爵を牢に繋ぎなさい!!」
エルフリーデの命に衛兵達は顔を見合わせる。
「早くなさい!!」
「クハハッ、全く俺は何を見せられているのだ?仲間割れは勝手にやってくれと言いたいところだが、書簡を渡した俺の責任も否定はできんな。どれ、ひとつ助けてやろう。そもそもこの内戦においては不確実な情報が錯綜し、互いに何が真実かも分からぬまま目の前の事象に対応するために動いたというのが本音だろう。そのよう状況下において、敵味方の判別が困難伴うのも当然のこと。ヒッセンハイム公爵に罪を求めるのは王の資質に欠ける愚行といえよう」
思わぬ擁護に公爵は目礼し、几帳面なほどに整えられた白い髭を撫でた。
「国務尚書の味方をするつもりですか!?そんな事をしようとも、貴方の立場が好転するわけではありません!!」
エルフリーデの発言に幾人かの貴族が同意を示すが、その勢いはそよ風の如く弱々しく、苛烈であり華麗でもあるサーダイン伯の弁舌に抗しうるものではなかった。
「何を言うかと思えば。俺はそんな程度の低い議論をしているわけではない。だが道理の分からぬ子どもを躾けてやるのも年長者の務めか………では問おう、エルフリーデ。お前はなんの権限をもって国政を代行している」
「………国王陛下が凶刃に倒れられたなか、王女として王の代行を務めることに異議があると言うのです」
僅かな戸惑いとそれを上回る確信を持った答えを、サーダイン伯は金の髪を揺らしながら嘲笑う。
「クククッ、だからお前は子どもだと言うのだ」
「何を………」
「俺ならば生死の狭間にある国王陛下より国政を託されたと断言する。あぁ、無駄に真面目なお前は国王の発言を捏造など出来ないと考えたな?そして、国王陛下への面会も叶わない、生死すら不明なこの状況でそんな法螺を吹けないとも」
議場を静寂が包み、次の瞬間、熱された栗が爆ぜるように至るところから疑念が噴出する。
「なんですとっ!?国王陛下は崩御されたのでは??」
「いや、私は刺客から身を隠して療養されていると聞いたぞ」
「エルフリーデ様は陛下より直接指揮を執るよう託されたものだと………」
「皆様落ち着いてください!!サーダイン伯爵の詭弁に乗せられてはなりません!!自らの罪を混乱と疑問により装飾し、覆い隠さんとする策謀に相違ありません!!耳を貸してはなりません!!」
レオニードは必死に声を張り上げるが、それは燃え広がった大火をコップ一杯の水で鎮火させようとするのとなんら変わらない行為であった。
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