宰相
「エルフリーデ様、本当にお一人でお会いになるのですか?サーダイン伯は狡猾をもってなる癖者。万が一のことがありましたら………」
「とめだては無用よ。それに知らない仲ではないわ。あれは自らの利になることにしか興味のない男。敵地に乗り込んで総大将を討ち取るというような、子供じみた誇大妄想に取り憑かれる類の人間ではない………いえ、そういう相手であったら楽だったでしょうね」
玉座から自室へと場所を変えたエルフリーデは、会談の場に居合わせたいというレオニードの願いに対し明確に答えることなく、けれども決して許可を与えなかった。
「………畏まりました。エルフリーデ様に偉大なる始祖ジェベルの恩寵あらんことを」
敵対する者、しかも事実上の総指揮官同士が互いに従者も連れず話し合うことは極めて異例といえるが、主人たる王女の意思が固いことを悟った参謀はそれ以上説得を重ねることなく、深々と頭を下げ部屋を後にした。
信頼厚き腹心が去ってから数分後、従者の合図と共に扉がゆっくりと開き、一人の男が無遠慮に部屋に入る。
月光を編み上げたかのような美しい金髪は、彼が第一王女シャルロッテの血縁であることを示していた。
男はエルフリーデに対し臣下の礼をとることもせずソファーに腰掛けると、足を組み背もたれに身体を預ける。
「降伏の申し出に来たにしては随分な態度ですね、サーダイン伯。いえ、クライス兄様とお呼びした方がいいかしら」
「相手の呼び方ひとつ自分で決められんとは、相変わらず稚気が抜けないようだなエルフリーデ」
「サーダイン伯、口の利き方に気をつけた方が良いでは。貴方の首が繋がったままここまで来られたのは、私のおかげだと言うことをお忘れなきよう」
「くくくっ、旧交をだしに距離を縮めようとしたかと思えば、意のままにならぬと見るやすぐさま陳腐な恫喝か。これがジェベルの次期女王とは、叔母上もあの世で苦笑を禁じえまい」
サーダイン伯は高らかに笑い声をあげると部屋を見渡し、グラスを2つテーブルに置きワインを注ぐ。
「南部産の安物だな。毒は入っていないようだが、飲めたものではない」
「まさか死ぬ前に私に嫌味を言いに来たわけではないでしょう。要件を言いなさい。和平か、降伏か、それとも死か………無論戦況が有利な状況下において、安易に和平交渉のテーブルに着くほど私はお人好しではありませんが」
「和平に降伏………お前達の足りない脳で考えるならば、その辺りが関の山か。つくづくまともな参謀がいないようだな」
「侮辱は許しません」
「侮辱ではない、事実だ。しかし、俺も多忙の身。無駄な言い争いに時間を割く気は毛頭ない。俺が求めるものはただ一つ。長らく空位となっているジェベル王国宰相の地位」
その美貌と才覚によりジェベルに名を轟かせる貴公子の口から出た想定外の言葉に、部屋の空気が凍りつく。
「………何を言っているのですか、理解の範疇を超えています。迫りくる死の恐怖で頭がおかしくなったとしか思えません。どういう理屈で貴方を宰相に………」
「理屈など不要だ、重要なのは事実のみ。俺はお前達が最も欲する手土産を片手に王都まで来てやったのだ。宰相の地位を求めるに相応しい手土産をな」
「………そちらの作った話の流れに乗るのは癪ですが、聞いてあげましょう。何を持ってきたと言うのです。返答次第では、この場で国王代行である私が貴方の首を叩き落とします」
凄むエルフリーデをサーダイン伯は真正面から見据え、口の端に笑みを浮かべる。
「シャルロッテだ」
「クルブレール候を?この期に及んでくだらない冗談を………」
「冗談?想像力が枯れ果てているようだな。もう一度だけ言ってやる。俺が持ってきたのはお前達が何よりも欲しているシャルロッテ自身。つまりは、この内乱の勝利そのものだ」
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