偵察
地下道から地上に出ると、網膜を焼くような陽射しが降り注ぐ。
真冬の澄んだ空気が肺に満ち、陽の光に当たらなかったことで淀んだ血が、浄化されていくような感覚を抱く。
ミナトは周囲に人影がないことを確認すると、何食わぬ顔で裏通りに入り、荷物を整理するふりをしながら表通りの様子を探る。
(衛兵の数が多い。しきりに人の顔を確かめているし、行商人や冒険者に声をかけている。………でも厳戒態勢って感じじゃないな。見るからに怪しい人間相手にしか職質をしないのは、やってる感をアピールするための点数稼ぎだ。それもそうか。他国の王族や北部貴族が逃亡を図るなら、わざわざ表通りを堂々と移動したりしない。少なくとも衛兵はそう考えてる。あくまで彼らにとってこれは日常の仕事の延長線上。何か起こるなんて発想にないんだ。それなら変わった行動はせず堂々としていればいい)
人の流れに溶け込むように大通りに足を踏み入れ、そのまま視線だけを動かし、観察を続ける。
(前回王都に来た時とは服装も違う。地下で髪型も変えたし、髪色も明るく染めた。偽装用の染料をこんな形で使うなんて想定してなかったけど、これでボクの事を書面上の情報でしか知らない人間には気づかれないはずだ。後はどう情報収集するかだけど………)
軽く周囲を見回すと幾つかの酒場が視界に入る。
(一番正確な情報が集まるのは冒険者ギルドだけど、幾らなんでもリスクが高すぎるな。とりあえず市民レベルでどんな噂になってるかだけでも確認しよう)
ミナトは近場の酒場で最も繁盛している店に入り、給仕にエールとシチュー、そしてまだ柔らかさを保っている白パンを頼むと、周囲の会話に耳を傾ける。
「聞いたか、なんとこの王都ハイペリオンに帝国軍が攻め寄せてくるってよ!!戦争なんて何年ぶりだ!?まったく嫌んなるねえ」
「おいおい、俺は亜人の群れが人狩りに来るって聞いたぞ?」
「バカ!!アホ面並べて冗談言いあってる場合じゃないよ。噂によると北部貴族がジェベルから独立して、えっとなんだっけ………そうそうザンギエフ王国とかいう新興国と手を組んだって話だ。亜人も引き連れてすぐにでも王都を襲う算段だっていうよ。せっかく帝国との交易が再開したのに、これじゃ商売あがったりだよ」
一人の酔客が口火を切ると、店中の人間が無責任に薪に火をくべ、自分が知っている真実を燃料代わりに会話に放り込んでいく。
その場にいる誰もがこの噂話への興味を隠しきれず、少しずつ椅子やテーブルを近づけては、年寄りの武勇伝よりも数段不確実な噂をもとに激論を交わし合う。
「どうせデマだよ、デマ。北部貴族如きに王都を落とせるもんか。陛下もいる。そもそも北部にはシャルロッテ様がいるじゃないか」
「それが北部の総大将はシャルロッテ様だって話なんだよ。しかも、しかもだ、なんと国王陛下は既に暗殺されてるってよ」
「声がでかいぞ!!いくら冗談でも、不敬罪でしょっぴかれるぞ!?」
「でもよ、俺も兵隊さんが国王陛下が亡くなったって話してるのを聞いたぜ」
「俺もだ、シャルロッテ様の反乱も本当だって話だ」
「確かシャルロッテ様は北部の名家の出身だろ?ルグレイス家とかいう」
「北部が一丸になって攻め寄せたら、王のいない王都なんざ1日で陥落すんじゃねえか!?」
「こりゃ、早いとこ避難した方が良さそうだな」
噂話の結論が自らの身の危険に紐づくと、皆一様に酔いが覚めたかのように頭を抱え、そそくさと酒場を後にする。
(ジェベル王国にとって不利益な噂がまことしやかに流れているのに、国王は姿を現さず、噂を取り締まる動きもない。もしかして本当に………)
ミナトは膨らむ疑念を抑え込むと、食糧を買い店を出て、再び裏路地に入り込む。
「そこで何をしている!!怪しいやつめ、こっちに来い!!」
突如背後から響く衛兵の声。
それは新たな事件の始まりを告げていた。
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基本毎日投稿する予定ですので、完結までお付き合い頂ければ幸いです。




