盤上の戦争
「エルフリーデ様、申し訳ありません。私の力が足りないばかりにラダメル侯爵の勝手を許すことになり………」
「問題ありません、想定内の事象です。それよりも敗残兵受け入れの準備を」
軍議を終え自室に戻ったエルフリーデは、口惜しそうに呟くレオニードに対し手短に指示を出すと、従者に命じジェベル王国の地図を広げさせる。
「ラダメル侯が負けるとお思いですか?」
「負けるわ、貴方の想像通りね」
地図上には兵数に応じ大きさの異なる木製の駒が配置されており、敵勢に向け進軍するラダメル侯の動きが数十の駒により表される。
「ラダメル侯は敵を優柔不断なガルバ侯だと考え、一気呵成に攻めかかれば堪えきれず、すぐに崩れると思い込んでいるわ。でも本当の敵将は違うのでしょう?」
レオニードは叛乱軍の中央を食い破らんと真正面から突撃するラダメル侯の駒を、四方に配した複数の伏兵により囲む。
「恐らく叛乱軍の指揮を取るのはルグレイス公が嫡男、サーダイン伯。冷酷で強欲ですが、慎重にして狡猾。そして負ける戦いには決して身を投じることのない御仁です」
包囲され逃げ場を失った自軍に援軍を送り、囲みの一部を食い破ると、再び包囲を試みる敵軍に対し伏兵をちらつかせることで被害を最小限にとどめる。
「敵も味方も貴方が動かすのでは不公平ね………。相手も初戦で深追いは避けるということ?」
「サーダイン伯ならばそうするでしょう。乱戦になれば本拠地から離れ補給が難しい敵軍の不利となります。無理をする必然性がない以上、小さくとも損害の少ない勝利を選ぶはずです」
病弱で戦場に出ることすらままならない青年貴族は、今ここが戦場であると言わんばかりに額から汗を流し、一心不乱に駒を動かし続ける。
「お互いに理性的でいられる事を祈ってるわ。だけど負傷兵に捕虜となる者も合わせると一割は失うことになりそうね」
「初戦の敗北で離反する者、日和見を決め込む者を考えると三割はくだらないかと………戦力差を考えると防衛の利を計算に入れてもギリギリの戦いとなります」
エルフリーデは首を振り、従者に地図を片付けさせる。
「ルグレイス公も業が深いわね。長男を戦で失い、娘は国賊として処刑されたにも関わらず、孫の一人を養子として家を継がせ、もう一人の孫には国を継がせようとしているのだもの。国を売ろうとした娘の悪霊でも憑いているのかしら」
高らかな笑いが部屋に響き、レオニードは眉間に皺を寄せる。
「エルフリーデ様、大変申し上げにくいのですが、そういった物言いはしばしお控えください。未だにクラウディア様を慕う者は多く、不用意な一言で味方が敵に変わりかねません」
「………考えておきましょう。前線に所領を持つ貴族を焚き付け、1日でも多く時間を稼がせなさい。そうね、防衛に成功すれば北部貴族領から自領と同等の土地を与えるとでも言うといいわ」
「よろしいのですか?新たな火種となるやもしれませんが」
「知っていて?契約とはお互いに生きていてこそ初めて効力を持つのよ」
「………畏まりました。仰せの通りに」
「レオニード。父が倒れ、国が二分する戦が起ころうというのに、なぜ私はここまで平静でいられるのかしら」
主人から発せられた答えのない問いに、レオニードは礼をもって返答する以外の術を持ち合わせていなかった。
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