軍議は踊る
「おおっ、こちらがかの有名な玉座の間ですか!!荘厳にして華美にあらず、されども優美にして底光りするような品格を感じます。舞踏会のみならず、この場に臨席する栄誉を得たのはまさに我が身の誉れっ!!パーティス子爵位を継いだ甲斐があったというものです」
軽薄、浅慮という単語を鋳型に流し入れ銅像にしたかのような青年貴族が、玉座の間に連なる貴族達を前にアリアを歌うかの如く声を張り上げる。
老年の者は冷ややかな、壮年の者は怒気を孕んだ、若年の者は同意と侮蔑の入り混じった視線をその青年貴族に向けたが、人一倍強靭な精神と鈍磨な感性を持ち合わせた彼は、ただ自身の好奇心を満たすことに注力していた。
「エルフリーデ殿下、御入来!!」
一人の道化に集まっていた注目は、王女の到来を告げる鐘の音により、すぐさま対象を変えた。
「皆様、突然の呼びかけに応じこの場に参集頂いたこと、王に代わり感謝します」
エルフリーデがやや冷たく硬質な声色により礼を述べると、貴族達は答礼として深々と頭を下げた。
「エルフリーデ殿下、ご機嫌麗しゅう存じます。今宵の舞踏会には些か早うございますが、何やら予定にない催しでも始められるおつもりですかな?」
老年の侯爵が上手く回らぬ舌を懸命に動かし、恭しく問いかける。
しかし、その瞳には獲物を狙い定めるような酷薄な鋭さが潜んでおり、他にも幾人かの貴族が同調するように険しい面持ちで王女の返答を待っている。
粘性の高い沈黙が場を覆い、空気が重く沈み込んでいく。
「お聞き及びのことと存じますが………」
痺れを切らし話し始めたレオニードをエルフリーデが制し、玉座の前に立ち居並ぶ貴族達を見下ろす。
「国家存亡の危機に回りくどいやり取りは止めましょう。北部貴族の一部が反乱を起こし、王都に向け進軍を始めました。既に南部に属する幾つかの都市は陥落し、抵抗を続けている都市もやがて同じ憂き目にあうでしょう。至急討伐軍を編成し、賊徒を討つ必要があります。ですが、幸運なことにこの場に集まった貴族の私兵を束ねれば、賊を壊滅させる事など容易なこと………兵は神速を貴ぶと言います。日が傾き始める前に出陣をするゆえ、私に兵をお預けください」
エルフリーデは極めて冷静な口調で、恐ろしく大胆で不穏な命令をさらりと言い放つ。
「いやはや、老体ゆえ耳が遠くなり不便なことです………さてさて、いま殿下が賊軍討伐のため我らの兵を借り受けたいと仰ったように聞こえましたが、この老人の聞き間違いですかな?」
「いえ、内容に相違ありません」
深く重く沈澱した空気が、匙でかき混ぜられたように一気にざわめき立つ。
「申し訳ありません、聞き逃しておりましたら汗顔の至りですが、何故国王陛下でなく王女殿下が我らに御命令を?それにシャルロッテ殿下の御姿が見えないようですがどちらに??」
パーティス子爵は自らのディナーのメニューを従者に聞くような気軽さで、エルフリーデに質問する。
地面が毒蛇に隙間なく覆われていたとして、そこに足を踏み入れる者が毒蛇の存在に気づかなければ、歩みを止める要因とはならないだろう。
一人の若い貴族の無邪気な言動により、王女と貴族の間に存在する城壁よりも遥かに分厚い透明なベールが可視化され、貴族達はそのベール越しに自らの権益を保護すべく重い口を開いた。
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