少女の危機
空に朱が差し、城壁の影が街を覆っていくなか、ミナトはカラムーンの裏路地を駆けていた。
大路にはまだ多くの人々が行き交っているが、一本奥の道にはいると人通りもまばらとなり、街に長年住む者だけが通るような裏路地となると、人影はほとんど見られない。
カラムーンは交易都市という事もあり、多種多様な種族が共に暮らし、また一夜の宿を求める旅人も多いため、治安は必ずしも良いわけではない。多くの人口を抱える都市が、多くの問題も抱えるのは当然の摂理と言える。しかし、決して女子供が一人で出歩けないような場所ではなかった………そう、先日までは。
アルベラによる侵攻以来、ジェベル王国内は大きく動揺し、また王国と国境を接する亜人部族との関係も変容した。国境を侵し王国内を我が物顔で闊歩する者、混乱に乗じ辺境の村や隊商を襲う者、兵力を集め王国を威圧する者………もちろん平和を願う亜人や、敵意を思慮というベールに隠す部族も多くいるが、たったの数ヶ月で王国と諸部族、人間と亜人の関係は急速に悪化したのだ。
アルベラによってもたらされた変化は、カラムーンに住む亜人の立場を激しく動揺させた。デボラが語るように、腕に覚えのある冒険者までもが石を投げられる事も珍しくなくなり、人と亜人は共に手を取り合う存在から、互いを監視し、憎しみ合う存在へと変わっていった。
いや、むしろこれまで共同体の利益という土の中で眠っていた差別という萌芽が、アルベラという雨により芽吹いただけなのかもしれない。誰の心にも、見知らぬ者を排除し、異なる者を畏れる気持ちはあるのだから。
芽吹いたばかりの悪意は、弱者からその爪牙の餌食とする。
デボラのような強者は知り得ないカラムーンの現実………人と亜人が共に繫栄を享受してきたこの交易都市は、既に足元から崩れ始めていた。
そんな混乱と狂騒のなか、ミナトは裏路地を走る。
不安は徐々に確信へと変貌し、焦燥が肺をこがし息を切らす。
「…や……くだ………」
遠くから微かに聞こえる声にミナトが足を止める。
はっきりとは聞こえないが確かに鼓膜を打つ、助けを求めるその声に導かれるように、ミナトは更に駆ける。
「いやっ………やめっ…………」
声が輪郭を帯び、叫びは心を震わせる
ミナトの視線の先には一人の少女を組み伏せる4人の男の姿があった。少女の衣服は半ば剝ぎ取られ、路地に差し込む僅かな光の下でも、その美しいシルエットの全容を目にすることが出来る。白い下着は足元まで下げられ、迫りくる暴力に抵抗しようと固く閉じられた両脚は、男達の太い腕により今にもこじ開けられようとしている。
このまま数分時が過ぎれば、その先にどのような結末が待っているかは火を見るよりも明らかだった。
「ミナト様!?………ダメです、逃げてください!!」
「なんだ、ガキか?おいっ、見せもんじゃねえぞ、見逃してやるから消えろ」
ドスの聞いた重々しい声。
しかし、ミナトはその脅しに微動だにせず、冷静に相手の武装と力量を見定める。
腰に帯びた使い古された剣、雑な着こなしの革鎧、首筋には識別票を下げるためのチェーンによりついた微かなへこみ。冒険者であることは間違いないが、ギルドで見かけたことはなく、国境沿いの都市から流れてきた無頼の輩と言ったところだろう。
「おいっ、聞こえてんのか!!」
男がもう一度声を上げた瞬間、ミナトの足は地面を蹴り一気に距離を詰める。
「なんだぁ、やんのか………ぐあっ!!」
こちらの動きに呼応し剣を抜こうとする男の顔に、掌に収まるほどの大きさの石礫がめり込む。
ミナトの手にはスリングが握られており、飛び道具に警戒していなかった男の意識は一投で断ち切られた。
「なっ………ごがぁっ!」
人数に恃み、反応が遅れたもう一人の側頭部を石礫が打ち、昏倒する。
(いけるっ………くっ!!)
ミナトが怯む相手に追撃を加えようと剣に手をかけた刹那、顔目掛け白い閃光が放たれ、前髪が数本はらりと舞う。
「ガキだと思って油断したが、なかなかやるじゃねえか。だが、もうお遊びは終わりだ。お前さんを殺す、この女も殺す。良い所を邪魔したんだ、せいぜい抵抗して楽しませてくれよ」
一行の頭目らしき男は、ロングソードを構えるとニヤリと嗤った。
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基本毎日投稿する予定ですので、完結までお付き合い頂ければ幸いです。
ミナトは小柄で非力なため、クラス構成としてはレンジャーやスカウトのレベルを幾つか取得した戦士のイメージです。常に携行しているスリングによる投石や投げナイフ、その他魔法の込められた道具などにより牽制することで、相手を焦らしたり威嚇しながら隙を見て切り込むスタイルだと思います(多分)




