鳥籠の中で
窓から差し込む朝日に、ミナトは重い瞼をあげ大きく伸びをする。
普段寝所として使っている天幕内であれば、少し腕を伸ばせば指先に何らかが当たるほど物が積み上がり雑然という言葉を煮凝りにしたような様相を呈しているが、今日に限ってはどれほど他を伸ばそうともシーツの滑らかな感触があるだけだった。
シャルロッテと話した後、徐々に体の自由がきくようになったミナトは、鈴の音に操られ小屋へと導かれた事につき誰にも話すことなく、何食わぬ顔で舞踏会へと戻った。
流石に手足に痺れが残り踊ることは出来なかったが、次から次へと押し寄せる貴族の群れを作り笑いでいなし、その中に自分に催眠をかけた相手がいないか慎重に探る。
しかし、どれだけ周囲を警戒しても怪しげな人間を見つけることは出来ず、舞踏会が終わると共に案内された部屋で一夜を過ごしたのだ。
(結局ボクを操った人間の目的も正体も謎のままか………ひょっとしてターゲットはボクじゃなくあの二人だったとか?でもボクの意識すら簡単に奪える手練の魔法詠唱者なら、王城に忍び込めれば2人を襲うことは簡単なはず。あぁ、ダメだ、判断材料が少なすぎる。アルベラにお願いして城内の様子を探って貰おう)
ミナトはそう思い立つと、身支度を整え部屋を出る。
「あっ………おはようございます」
扉を開けるとそこには数人のメイドが詰めており、一斉に自らが世話すべき他国の王へと視線を向ける。
「朝食はお部屋までお持ちいたしますので、今しばらくお待ちください」
「食事の前に皆に会って話しをしてきます。すぐに戻りますので………」
ミナトがそそくさとその場を後にしようとすると、メイド達は一匹の生命体のように見事な連携で行く手を遮る。
「大変申し訳ございません。警護の都合もあり陛下にはお部屋でお過ごし頂くよう、上から固く命じられております。ご不便をおかけし恐縮ですが、部屋にお戻りくださいますようお願い申し上げます」
丁寧な態度と真摯な謝罪。
しかし、そこには有無を言わせず相手を従わせようという明確な意思が込められている。
「………分かりました、ではボクの仲間にここに来るよう伝えてもらえますか?」
「それは致しかねます。陛下以外ここには通すなと命じられておりますので」
「そんな………国政にまつわる話をしたいんです。急を要しますので、なんとか取り次いで貰えないですか」
責任者と思われしメイドはミナトの願いに対し、深々と一礼をすることで拒絶の意を伝える。
「ボク達の国の人間をここに通せないのは理解しました。それならシャルロッテ………クルブレール侯を呼んで頂けないでしょうか。エルフリーデ殿下でも結構です。昨日の舞踏会で後ほど話し合いの場を持つことを約束しているので」
二人の王女の名にメイド達の表情が微かに揺らぐ。
しかし、それも一瞬のことであり、すぐさま仮面を被ったような微笑を湛えると、無言で部屋に帰るよう促す。
「………わかりました、一旦部屋に戻らせて貰います」
ミナトは扉を閉め、部屋の中に何者かが侵入していないか確認する。
(魔法が仕掛けられたような痕跡はないな)
続けて外の景色を見るふりをしつつ、監視されていないか探りを入れる。
(外には………直接姿は見えないけれど、足元が抉れているところがある。庭師ならあんな無作法はしない。監視に慣れていない衛兵あたりに見張られてるな。窓から外に出るのは不可能か)
ミナトは外には音が聞こえるよう大きく溜息をつくと、ベッドに思いきり身を預ける。
(まるで軟禁だ。それにシャルロッテとエルフリーデの名前を出した瞬間、雰囲気が変わった。新興国であっても一国の王に対して、これほど無礼な態度をとる以上、上の意向があるにのは間違いない。二人よりも立場が上の誰かの………)
ミナトは口から自分もよく知るある人物の名を出しそうになり、天を仰いだ。
(もし、そうなら………)
テーブルの上に置いた剣を抜き、細工がされていないことを確かめる。
英雄デュバルの名を冠したその剣は、ミナトの心情を反映するように暗く鈍い輝きを帯びていた。




