余興
「得物はコレでいいか?」
デボラは机の端を掴んでひょいと持ち上げ、子どもが戯れに葦の茎を折るように、バキリと一本の脚を剥がし、感覚を確かめるように振る。
ブンという風切り音と共に空気が揺らぎ、リオの長い銀髪がフワリと舞う。
「備品破壊。もったいないお化けが出る」
「なんだぁ、せっかく派手に決めたんだ、ちっとはビビってくれねえと甲斐がねえな。嬢ちゃんの得物は腰の剣でいいぜ。鞘のままでも抜き身でも構わねえ。全員殺し屋みてえな顔してるが、ヒーラーもいるしな」
デボラのブラックジョークに乾いた笑いが起こる。
「んっ、怪我はよくない。私は専守防衛、安心して打ち込むといい」
「言うねえ、じゃあ遠慮なくいくぜっ!!」
鋭い横凪の一撃がリオの脇腹めがけ繰り出される。リオはそれを軽いバックステップで避けると、続けざまに大上段からの振り下ろしが襲う。
人の腕ほどもある樫の棒が、不気味な唸りをあげリオの小さな頭部を打ち付け、頭蓋骨は卵の殻が割れるように弾け脳髄が飛散する。二人の戦いを観戦していた物には、そのような幻影が見えただろう。
「おい、なんで避けねえんだ?」
デボラの攻撃はリオの頭頂部の数ミリ上でピタリと止まり、風圧だけがその凄まじい一振りの威力を伝えている。
「当てる気がない攻撃は避けないスタイル。ちなみに当たっても無傷、無敵」
「はぁ、全く興が削がれちまったぜ」
張り詰めていた空気が急速に弛緩し、ギルドは再び喧騒に包まれる。
「ったく、いくらオレが持つからって好き勝手飲みすぎだろうが、バカども。この調子じゃ、すぐに酒樽が空になるな。ミナト、裏に酒を取りに行くから、ちょっと付き合ってくれ」
ミナトはデボラの言葉に「はい」と答え、ともに裏口からギルドの外にある物置へと向かう。
「ミナト、ありゃなんだ?」
「えっ?」
突然の問いかけにミナトは間抜けな声をあげる。
「あいつ等のことだよ。普通斬りかかれば、どんな素人だって反応する。達人なら最小限の動きで、素人なら腰を抜かしてビビり散らす。だがな、あの銀髪のお嬢ちゃんはご丁寧に回避しなきゃ当たる初撃だけ避けて、当たりゃ死ぬ頭部への振り下ろしは目で追うだけで、避けようともしなかった。殺気が無かったとか言い訳してやがったが、酔っぱらっていつ手元が狂うかもしれないオレの攻撃をだぞ?あのアルベラとかいう奴も同じだ。目で追えてたんだ。だが声ひとつあげなかった。これがどういう意味か分かるか。オレの一撃を喰らっても、なんの問題もないと判断しやがったんだ。そんな人間、この世に存在すると思うか」
ミナトはゆっくりと首を横に振った。
「知ってたみたいだな。あいつ等が竜燐級………いや、そんな物差しじゃ測りきれない化け物だって事を。ミナト、本当にあいつ等のことを信じていいのか?考えりゃ、今のお前に起こってることは不可解なことだらけだ。わりいがお前が神託の勇者だと言われても、オレは信じられねえ。お前は良い奴だ、それは皆知ってる。だがな、只の人間だ。あんな化け物どもが担ぎ上げるような特別な存在じゃねえ」
「デボラさんの言う通り、ボクが特別な存在じゃないのは分かってます。たまたまなんです、リオもアルベラも、本当に色んな偶然が積み重なってボクと一緒にいます。でも、二人とも悪い人間じゃないです………いや、ちょっと問題があるかもですけど………いえ、よくよく考えるとだいぶ問題があるかもです、ハハハッ」
ミナトはカラリと笑い、デボラは呆気にとられた面持ちで見つめる。
「でも、今は3人とも同じ目標に向かって歩いています。彼女達の素性も、本当の目的も知りません。ボクを利用しようとしてるんじゃないかと言われると、絶対違うと自信を持って言い切れるほど彼女達のことを知ってるわけでもないです。だから、知りたいんです。彼女達の事を。ボクが今まで見ようとしなかった世界の事も。新しい国を作ればこれまで以上に考え方の違う多くの人と出会って、分からないことだらけだと思いますけど、皆がより良く生きていける世界を作るためには、理解し合おうとし続ける以外に道はないですから」
「信じて知ろうとした結果、裏切られて死ぬことになってもか?」
「はい。でも安心してください、きっと大丈夫です!!根拠はないですけど………」
「ミナト、お前ってオレが想像してたより遥かにイカレてんな」
「ポジティブって言ってください」
恥ずかしそうな笑みを浮かべるミナトを見て、デボラは肺が空になるほど大きなため息をついた。
「分かったよ、そこまで言われちゃ、オレは全力でお前を支えるだけだ」
「ありがとうございます!!早速相談なんですけど、もう一人協力を仰ぎたい人がいるんです………」
ミナトはそう言うと、いまだ喧騒冷めやらぬ冒険者ギルドに視線を向けた。
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ヒーラーがいる世界の喧嘩ってヤバそうですよね




