惨劇の跡
まだ真面目です
カロに急行した王都からの巡察使が目の当たりにした光景は、この世の地獄と呼ぶに相応しいものだった。
鉄の城門はオーガやトロールの投石により石積みの城壁ごと打ち砕かれ、上空に張り巡らされた魔道障壁は上位悪魔やカースドウィッチの魔法により徹底的に破壊し尽くされている。
丸裸になった城塞都市にはゴブリンやオーク、下位悪魔を中心とした突撃兵が侵入し、男は殺され、女は陵辱ののちに男と同じ運命を辿った。
子どもは腹から喰われ、遊び半分に内臓を引き摺り出され、幼い命が最後に残した断末魔は悲壮な讃美歌となり、耳にする者の反抗心を奪った。
親は子の肉を食うように仕向けられ、子は親の目玉を抉るよう命じられた。無惨な最期を迎える前にせめて尊厳を持った死を受け入れようと、家族諸共自ら命を絶った者は数千にのぼったという。
国家防衛の最前線にあった守備兵は砦の最奥部に立て篭もり頑強な抵抗を続けたが、それも悲劇の終幕を僅かばかり伸ばす効果があるに過ぎなかった。
数百年もの間、いかなる上級魔族であったも破ることの叶わなかった、古の儀式魔法により張られた『カロの大結界』。
火龍の焔吐息にも耐えうるとされ、周辺各国にその勇名を轟かすその大結界は、美しい少女の姿をした悪魔により、卵の殻を破るよりも容易く断ち切られた。
そう文字通り、断ち切られたのだ。
六大魔公を一柱に数えられるその悪魔が持つ、とめどなく刃から鮮血を流す漆黒のサイズ『冥王の大鎌』。
死を体現したかのような大鎌が横凪に振るわれると同時に、都市は大結果ごと上下に分断され、最後まで抵抗を続けた勇士達の肉体は、上半身と下半身に切り分けられた。
都市を囲む城壁は重力に導かれるように崩れ落ち、都市内に満ちていた六大魔公の眷属達も、その大半が主人の気まぐれによりこの世界から消滅したのだ。
己の運命を悲観し、最奥部の一室で膝を抱え泣きじゃくっていたことで、運良く生き残ることのできた人々が嗚咽と共に巡察使に伝えた地獄の一端は、これからジェベル王国に起こるだろう悲劇を何よりも雄弁に示していた。
カロの陥落から数日後、国境沿いの都市に同じような使者が立て続けに現れた。
使者は再び都市を覆わんばかりの声でこう告げた。
ひとつに、都市に立て篭もり芸のない防衛戦を試みるのであれば、カロと同じ運命を辿ること。
ひとつに、平原に強兵を集結させ会戦を挑むのであれば、国境沿いのいくつかの都市の殲滅を遅らせ逃げる機会を与えること。
ひとつに、戦う意志のある者は、必死に抵抗し命の限り私を楽しませること。
そう、六大魔公アルベラにとって、これは退屈しのぎの遊戯に過ぎないのだ。
ジェベル王国の民衆の命をチップとし、為政者相手に一方的にルールを押し付ける、悪辣で露悪的なゲームのひとつに。
ジェベル国王ジグムンド3世はアルベラの言葉には耳を貸さず、国境沿いの都市から官吏や守備兵、魔法詠唱者を引き上げ、王都を中心とした防衛網の構築を急いだ。
国境沿いの都市は国から見捨てられたのだ。
アルベラは王が決断するのを待っていたかのように、残った老兵や市民では僅かに勝てない程度の戦力を送り込み、真綿で首を絞めるようにひとつひとつ丁寧に都市をすり潰していった。
それはあたかも、自らの尊厳を賭けて立ち向かう人々を楽器に見立て、どれだけ美しい悲鳴を奏でることが出来るかを試しているかのようだった。
「もし………もしも、誰も援軍が来なかったとしても、僕は戦うよ」
ミナトは自分に言い聞かせるように、少女に応えた。数十秒後、後ろから微かなすすり泣きが聞こえたが、ミナトは振り返らなかった。
援軍は来ない。
ましてや王都防衛の最高戦力となるであろう竜鱗級冒険者「翠の音」の参陣など望むべくもない。
ここに集まった人間は、誰に命令されたわけでもない。彼らは自らの意思で、一人でも多くの人間が都市から避難するまで、その命をもって時間稼ぎをすることを選んだのだ。
帰る場所を守るために、大切な誰かを逃がすために、失いかけた誇りを取り戻すために。
そして、それはミナトも同じだった。
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