姉と妹
「よ………き………ワタ………」
(あれ、おかしいな、遠くから声が聞こえる………ボクはあれからどうなって………)
ミナトは起きあがろうとするが、少しずつ輪郭を取り戻していく意識とは異なり、身体は神経のスイッチが配線ごと切断されたかのように一切反応しない。
「よく………いの………しら………」
(声が近いて来る………違うな、ボクが目覚めただけだ。そうだ、ボクは怪しげな鈴の音を耳にして、誘われるがままにここまで来たんだ。………はぁ、デボラさんにはこんなミス、とてもじゃないけど伝えられないな。催眠か幻術か。不自然な音が聞こえたら警戒して当然なのに、まんまと引っ掛かったなんて自分でも信じたくないくらいの大間抜けだ。魔法で誘いこまれたとすると近くにいるのは敵??いや、それならボクはとっくに殺されてるはずだ。何か他の目的が………)
一呼吸ごとに鮮明になっていく意識の中で、ミナトの鼓膜は2人の異なる声色を聞き分けていた。
(若い女性の声………言い争ってるのかな。一人は冷静みたいだけど、もう一人の声は安定しない………………分かった、なんで気づかなかったんだ!?ボクはこの声の持ち主を知っている。いまこの小屋で会話を交わしているのは『シャルロッテ』と『エルフリーデ』だ)
瞬間、認識を阻害していた分厚い皮膜のようなベールが取り払われ、五感すべてが蘇り二人の会話がクリアになっていく。
「いったい私に何の御用ですか、クルブレール候。こんな所に呼び出した以上、いつもの薄気味悪い笑顔抜きで本心を聞けると考えてよいでしょうか」
「ええ、今日はエルフリーデと………姉と妹として話したいの」
(まずい、この話はボクが聞くべきじゃない。二人に伝えないと、ここに人がいるって………)
ミナトはこれから話し合われるであろう内容を想像し、自分がこの場にいるべきではない事を悟ると、何とかして口を動かそうとする。
しかし、いつも以上に冴え渡る五感とは裏腹に身体はいまだ惰眠を貪っており、どれだけ叫ぼうとしても、手足を動かし物音を立てようとしても、肉体は1ミリたりとて反応することはなかった。
「姉妹?懐かしい響きですね。私を見捨て、この小さな世界から逃げ出した姉様が、私のことをまだ妹だと思ってらっしゃるとは意外でした」
「………そうね、逃げたわ。貴方を置いて。どれだけ恨まれても仕方ないことだと思ってる。ワタクシ達はお互い以外に何もなかったのに………」
シャルロッテの口調には普段のおどけた雰囲気はなく、声色にはどこか陰鬱な感情が込められている。
「あの頃の私は愚かでした、笑ってしまうほどに。親の愛を疑い、周囲の人間の善意も悪意も疑い、自分自身すら疑い、ただ姉様だけを信じていました。自分だけの………私達だけの小さな城を作り、自分が何者であるかを忘れ、無心で遊ぶ。くだらない、空虚で無意味な時間………ですが、私はこの虚構の楽園で学んだのです。自分が王女であることを。将来の王であることを。………そして姉と呼んだ人間が、私から母や父、地位、名誉、財産、果てには貴族や国民からの信望までも奪った挙句、王位までも掠め取ろうとしている事実を」
「………言い訳はしないわ。貴方だけでなく、多くの人にとってワタクシがそう見えているのは知っていますから」
「………実の娘として父からの愛を一身に受け、侍女から有力貴族に至るまで、この城にいるもの全員が貴方を未来の王として持て囃しましたね。楽しかったでしょう?立場が上のはずの妹が、縋るように自分を慕ってくる姿が。面白かったでしょう?王の実子であるにも関わらず、醜く短い赤髪の持った私の存在が。見下していたのでしょう!!金の髪を持った自分と無様な私を比べて!!!誰もが私を馬鹿にした!!!!この赤髪のせいで母も父もわたしを愛さなかった!!!!!………そんな哀れな私に優しくすると、さぞかし優越感で満たされたのでしょうね………」
エルフリーデの激情を静寂が包み込んだ。
分厚い仮面の下に隠れ知る由もなかった二人の姉妹の本当の想いに、ミナトはただ耳を傾けることしか出来なかった。
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