噂話
「流石はジェベル王国の王城ですね。我々のような従者のための控えの間であっても、カラムーンの冒険者組合の応接間より遥かに豪華です」
アルシェは案内された部屋のソファーを指でなぞり、意匠の細やかさを確かめると、その柔らかな座り心地に溜息をつく。
「冒険者組合なんつう貧乏所帯が、どれだけ見栄張ろうがたかがしれてっからな」
「立派なのは結構だけど、舞踏会の会場から離れすぎじゃない!?だいたい、どうして離れの塔にまで移動しないといけないのよ!!」
「んっ、控えめに見ても隔離」
リオは窓から顔を出し、外の様子を窺う。
案内された部屋は大広間のある王城の本館から遠く離れた塔の五階にあり、何か異変があったとしてもミナトのもとに駆けつけるには見張りが幾人も巡回している連絡通路を通る必要があった。
「国王であるミナトはともかく、従者なんていう何処の馬の骨とも知れない輩は、危なくて高位貴族に近づけられないってことでしょ。ワタシが主催だったとしても同じ選択を取るでしょうし、想定内よ」
「まっ、オレは美味い酒に美味いツマミがありゃそれで良いけどよ、ミナトの様子が全く分からねえってのは、ちょいとばかし都合が悪いな。………どうせ何か企んでるんだろ?」
デボラが呆れ半分といった様子で問いかけると、アルベラは僅かに頬を緩ませ、ソファーから立ち上がる。
「ユーはどこへ?」
「散歩よ。酔い覚ましには夜風が特効薬って相場が決まってるもの」
「まだお酒なんて飲んでないでしょ!?」
「大人は先に始めてたんだよ。ちょうど肴が切れたとこだ、酒が美味くなるようなツマミ期待してんぜ」
「先に酔い潰れてなければね」
アルベラは採光のために取り付けられた小窓を開けると、あたかもそれが当然であるかのように窓から飛び降り、フワリと身体を浮かし悠々と地面に降り立つ。
「王城自体には詠唱阻害術式が組み込まれてるみたいだけど、メンテナンスはろくにされてないようね。名工が打った剣でも、研がずに錆びればなまくら同然。物の価値を知らないってのは恐ろしいわね」
アルベラは不可視化の魔法を自らに付与し、再び悠然と王城へと足を踏み入れる。
中庭を通りかかると、所々で踊り疲れた若い男女が愛を語らっており、その光景を横目に近くの東屋へと近づく。
そこには、およそ愛とは縁遠そうな壮年から老齢の貴族が集まっており、若者が人目を忍んで闇夜に紛れるように、隔絶された世界で己の欲求を満たさんと暗躍していた。
「まさか舞踏会の場で決まってもいない婚姻について堂々と宣言するとは………元から人を食った所のある御仁ではありますが、度が過ぎるとは思いませぬか」
「いやはや、成人の儀を前に外交問題にもなりかねない軽率な発言………ファロス公を継ぐのはやはり御実子ですかな」
(実子………ジグムンド3世の娘エルフリーデの事ね。これは面白そうな話が聞けそうだわ)
アルベラは東屋から少し離れた位置にある大木を背もたれ代わりに、貴族達の密談に耳を傾ける。
「………これは噂話に過ぎませぬが、黄バラはファロス公爵位を意図的に継がぬようにしているという話も」
「俄には信じられませぬな。どのような利があるというのです?」
「首に鈴をつけられたくないと言ったところでしょう。ファロス公爵位を継ぐとならば、王都に戻らざるを得ません。祖父の庇護下で自領を富ませ、交易をもって帝国と懇意にし、北部家族をまとめ上げる………少なくともそう言った悪戯は出来なくなるでしょうな」
「次期国王とは言っても即位するまでは空手形。実利を優先してもおかしくはないという事ですか」
「ではファロス公爵位は御実子に?それならば我等も安泰ですが」
「そうとも限りますまい。英邁なる我らが主人は自らの足を食い、身を太らせようとすることに熱心な様子。ひとつの椅子にふたりが座っている方が、なにかと都合が良いという事もあるでしょう」
貴族の一人が弛んだ顎を震わせながら言うと、押し殺した笑いが東屋を包む。
それは噂話という名の政治であり、外交であり、貴族が最も頻繁に行う戦の一形態であった。
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