仮面の告白
「め、娶るって………」
「言葉の通りの意味です。シンギフ王国に………ミナト様に嫁ぎ、妻となりたいのです」
突然の告白にミナトの思考は停止し、呆然と立ち尽くす。
ミナトは咄嗟にまたからかわれているのかと考え目の前の少女の表情を確かめるが、僅かに潤んだその瞳には困惑する自分の姿しか映っておらず、ほのかに紅潮する頬は自身に投げかけられた想いが冗談で片づけてよいものではないことを示していた。
「………理由を聞いてもいいかな」
「はい………ミナト様も知っての通り、いまジェベルは建国以来の危機を迎えています。南部と北部、王権派と貴族派。父のもとで一見平穏を保っているこの国も、水面下では相争う幾つもの派閥が暗闘を繰り広げています。領土欲、名誉欲、支配欲………抑圧されたは欲求はいつしか暗い地下から日の当たる大地へと噴出し、感情という名の藁に一度火がついてしまえば、その業火はジェベル全土を焼き尽くすまで消えることはないでしょう」
エルフリーデの頬を一筋の涙が伝う。
「しかし、どれだけ火種があろうとも燃え移る藁さえなければ火は容易に消し止められるのです。そして、英邁なるミナト様には説明するまでもありませんが、その藁とは私と姉に他なりません。私達姉妹はどれだけ互いの事を想っていようとも、ひとつところの共存し得ないのです。姉がシンギフ王国を………ミナト様を頻繁に尋ねるのも、そういった考えがあってのものでしょう」
「えっ?それはどういう………」
「姉もまた国を憂いているのです。妹である私と王位を争わないためには、王家の人間でなくなればいい………最も早く簡単な手段は他国に嫁ぐこと。しかし、帝国のような大国に嫁ぐわけには参りません。そうすれば私や姉との間に生まれた子を旗頭とし、王国の併呑を狙うに違いないのですから」
「………シンギフ王国のような力のない新興国であれば、ジェベル王国の後継問題に関与できるほどの影響力を持たないってことだね」
エルフリーデは小さくコクリと頷く。
「姉は私より優れています。ジェベルは姉が治めるべきです。しかし、現王の実子である私が嫁げるような場所はどこにもないのです。姉もきっとそんな私の苦境を慮ってミナト様の妻になろうとしているのでしょう。失礼を承知で申し上げます。どうか私を妻として頂けないでしょうか。姉がそう考えているように、ジェベルの為だけでなく、シンギフ王国と両国の未来のためにもそれが最適だと思うのです。私は………姉が自らを犠牲にするのを見ていられないのです」
大粒の涙が次々と零れ、少女の顔が悲しみに彩られていく。
ミナトは何も言わずにハンカチを差し出すと、思考をまとめるように天を仰ぎ、やがてゆっくりと口を開く。
「ごめんね、エルフリーデの国を想う気持ちは分かったけど、その申し出は受けられないよ。ボクには君に自分を犠牲にして欲しくない………シャルロッテも………」
「謝らないでください、ミナト様。………手前勝手なお願いばかりですが、今日のことは姉には黙っていて貰えますか」
懇願するように強く握り締められる手を、優しく握り返す。
「大丈夫だよ、誰にも言わない。約束する」
「ありがとうございます………父の大事なお客様にそんな顔をさせてしまうなんて、私は王女失格ですね」
「そんなことないよ、エルフリーデは誰より立派な王女だと思う。ありがとう、ここからはボク一人で行くよ」
ミナトは涙を拭いたことで僅かに崩れた化粧を目にし、自ら一歩身を引く。
「本当にお優しいのですね。今日はお言葉に甘えさせていただきます。それでは、後ほど舞踏会でまたお会いしましょう」
そう言い深々をお辞儀をするエルフリーデには、先ほどまで悲しみに暮れていた少女の影はどこにもなかった。
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