地下牢
「二人きりか、良い響きじゃない。まさか六大魔公相手にデートのお誘いを受けるとは、思ってもみなかったけどねえ………………グァッ!!!」
肉を抉る痛みにエランが呻き声を上げる。
鋲により生み出された禍々しい形状のレイピアが太腿を貫通し、刀身をねじる度に血が吹き出す。
「どうだい、目が覚めたかな?兄さんの優しさにつけ込んで得意になっているところ悪いけれど、これが現実ってやつさ。僕達と君の間には決して超えられない高い壁があるんだ。慈悲深い僕達は、地を這うことしか出来ない哀れな君のために足元に山程の煉瓦を積んで、ほんの僅かな間だけこちらの世界を垣間見られるようにしてあげただけさ。それなのにさっきの態度はなんだい?浅ましいとは思わないのかな、不快だよ」
「近頃寝不足だったからねえ、気つけには丁度良い痛みだ。どうやらまだサービスは続いていみたいじゃない。物はついでだ、ちょいとばかし、その首をはねさせてくれないか………………グッ!!!!」
剥き出しの神経をヤスリで削られるような信じがたい激痛にも、エランは声を押し殺し耐える。
肉を貫いた刃が執拗に捻られ、その度に地面に出来た血溜まりは広がっていくが、唇を強く噛み意識を保つと、不敵な笑みを浮かべレーベを挑発する。
「とことん舐め腐った奴だね、君は。………仕方ない、妄想と現実の区別がついていないみたいだし、ひとつ無慈悲な世界の本質を見せてあげよう。君は他者に敬意すら持てない愚物のようだけれど、だからこそどう反応するか見ものだ。僕達が求める『真実の美』、神が暇つぶしに作った泥人形に過ぎない人間如きが理解し得ない、世界の真理の突端を披露してあげるよ」
レーベが宙に向かい大きく手を回すと、水に落とした波紋が広がるように空間が削り取られ、代わりに洋館の内部を思わせる映像が浮かび上がる。
内装は古めかしく、歴史の流れに取り残されたような佇まいをしているが、不思議なほど手入れは行き届いている。
しかし、内部からは何処にも人の気配は感じられず、その矛盾がアンバランスなちぐはぐさを生み、この建物が魔法により作られた幻影であることを物語っていた。
「へぇ、これが遠隔視の魔法ってやつか。噂には聞いていたけど、盗み見にしか役立ちそうもない品性に欠ける魔法だねえ」
「強がっていられるのも今のうちだよ。この魔法は使役している悪魔の視界をそのまま映し出すことが出来る、とても便利な物でね。今から繰り広げられるショーの内容を君と共有できるというわけさ。テオと言ったかな、彼は君の大切な存在なんだろう?手始めにあの子どもの顔の皮膚を剥ごう。皮膚の次は耳を、耳の次は鼻を、鼻の次は指を、指の次は目を。ひとつひとつ失われていく肉体を前にして彼はどのような叫び声をあげるかな。いっそ殺してくれと言う哀願だろうか、それとも自分を痛めつける悪魔への怨嗟かな。ひょっとしたら自らの生を呪う言葉かもしれないね。楽しみだ」
レーベの説明にエランはわざとらしい大欠伸で応じる。
「すまない、退屈だったものでね」
「強がりもそこまで来ると感心するね。だけれど、取り乱してくれないとショーにならないんだ。もしかして、君は眠っている兄さんが目を覚まして、子どもだけでも救ってくれると甘い夢でも見ているのかな?」
「違うさ、あんたの間抜けさに呆れ返って声も出ないだけじゃない」
「口が減らないな。いいさ、どこまてその態度が保てるか試すのも一興だ。………………行け」
レーベの命令を受け、宙に浮かび上がった悪魔の視界がゆっくりと動き出す。
長い廊下を数十秒かけ歩くと、地下へ続く石造りの階段があり、一段おりる度にコツコツという小気味よい音が響く。
地下牢の扉を開け放つと、ツンとしたすえた匂いがエランの鼻にも感じられそうなほど不衛生な光景が広がり、その一番奥に仄かな月明かりに照らされた鉄格子が視界にはいる。
数多の返り血により錆びついたような錯覚を覚えるその鉄格子の存在は、これから起こるであろう惨劇を予言していた。




